今までに経験したことのない日々 下の下

重松博昭
2020/11/13

 やはり逃げるのは、ごまかすのはよくない。問題を先送りばかりしていても深刻になるばかりだ。これはべつに今の自民党の先生方のことではなく私自身のことだ。野生動物たちとどう付き合うかは雑草園の存亡に関わる。実際、この近辺あるいは日本各地で野生動物の被害で多くの田畑が放棄されている。逆も言える。私たち人間が土からコンクリートへと大移動したために「野生の園」が山里を覆いつつある。コロナ禍も大都会への密集と都市文明による熱帯雨林等の環境破壊が招いたものだともいえるだろう。
 
 
 まずは本気になって柵を強化するしかない。網とネットが破られるのはいつもトタンのすぐ上なので、そこに幅10センチの板を張ってみた。1日2日は効果はあったが、今度はその上がやられ、さらに板を足すとまたその上を。4、5枚張ればいいかもしれないが、なにしろ栗山だけでも200メートル以上ある。古材は尽きてきたし、金も時間もない。やはり金網を張るしかないか。
 
 
 10月10日の午前中、ホームセンターに行くと、針金製のフェンスが新登場していた。やはり野生動物の被害が多発しているのだろう。高さ1メートル20(鹿には不足だが小動物には十分だろう)、20メートル、5400円、金網より安い。思い切ってなけなしの金をはたき在庫全部の5つを買った。
 
 
 午後、フェンス張り、10月にしては生暖かい曇り、栗山の上に運ぶのは重いし、広げるのには硬い。全身に汗がにじむ。地面に傾斜とでこぼこありでどうしても隙間ができる。大きな山石をえっちらおっちらと転がしてきてふさぐ。翌日は曇り時々晴れ、朝一番にほうれん草をまき鶏の餌やりをすませ、1日中フェンス張り、暗くなるまでに、すでに金網で補強していた柵と合わせてほぼ栗山を囲った。まさに老身に鞭打ってだが、終わってみると意外に病的疲れではない。まだ明日もやれそう。それでも体力気力を使い果たした気分。今度こそ連中、侵入できないだろう。ざまを見ろ。
 
 
 12日晴れ、5時起床、すがすがしい気分で栗山の柵を点検していたら、最後の西北のはずれに穴。トタンが腐食していたのだ。フェンスも捻じ曲げられ、地面を掘られていた。一体、そこまで執着する何の理由があるのだろうか。栗もなくなったというのに。まるでストーカーにつきまとわれているような。重い気分でここ10数年使っていない赤茶にさび付いた罠を取り出した。
 
 
 夕方、侵入個所の地面に罠をかけた。足を乗せるとガチャリと挟まれる。通路が狭いので小動物しか入れない。このあたりにトラ次郎は来ないし他の猫も見かけない。ハッサンを土間に入れ戸を閉めた。その夜9時半、ハッサン吠える、リードをつけ外に。畑を回るうちにハッサン静かになったので、土間にもどり、私独り、罠の所に行った。金属バットを持って。罠は作動していたがもぬけの殻だった。半分、ホッとした。殺さずにすんだ。がっくりと疲れが出てきた。とぼとぼと栗山をくだっていると、下の畑の囲いのトタンをかすって逃げる音、急ぎ足で行くと、トタンの上のネットに穴。
 
 
翌13日、晴れ、5時過ぎ起床、栗山の柵の西側の金網に新しい穴、訳が分からなくなった。今まで金網を破られたことはなかった。それに罠を逃れた1匹がそこから入り出たとしたら、下の畑に侵入して逃げたもう一匹がいることになる。畑に行くと、地面に顔を出していたピーナッツの実が食われていた。
 
 
 絶望的な気分……栗山にばかり神経を集中して、肝心の畑の柵のことをおざなりにしていた。とても二つ一緒にやる余裕はない。このさい栗山は放っておいて畑に専念するしかない。急いで柵を修理、金網とビニールシートで補強した。朝食後、卵の配達をすませ、熊ヶ畑産廃場の裁判のため福岡市へ。この一日の留守番と卵取りその他はもちろん、秋冬野菜の草取り、間引き等々一切をノンにお任せした。その夜は7時、8時、10時とハッサン吠える。下の畑のフェンスが捻じ曲げられていた。やはりトタンがないと弱い。闇の中、懐中電灯を頼りにトタンを2枚張り、翌日は丸一日かけて廃鶏舎の屋根のトタンをはぎ、20枚を運び、畑を囲った。
 
 
 15日の夜はトタンはあるがフェンスのない所のネットを破られていた。罠をかけようとしたが、ノンの助言でやめた。疲れ切っている時にややこしいことはしないほうがいい。ほとんど眠れないまま翌午前中、フェンス3つとパック入り純米酒を買ってきて(糀もどぶろくも切れてしまった)、必死で張った。こんなに集中して仕事をしたのは初めてかも。その夕は、何があっても起きないぞと、冷酒3合を飲み、6時前に寝た。幸い雨が本格的に降り始めた。侵入があっても雨の日ハッサンは反応しないことが多い。12時間近く眠った。
 
 
 結局、小動物(おそらくアライグマ)の畑への侵入は、この日を境にパタリと止んだ。不思議なことに栗山も、金網を破られた13日以来、そのまま穴は放っておいたのに、入ってきた気配がまったくない。まさかこちらの戦意がなくなったからむこうもヤル気をなくしたわけでもなかろう。多分、その夜、侵入者は栗山に入った直後に後ろ足を罠に挟まれ、必死に蹴とばすようにして罠を脱し栗山に駆け込み金網を破って逃げ去ったのだろう。
 
 
 このところ朝暗いうちからハッサンと上の雑木林へと散歩したあと、雑草園を囲む柵を見回るのが日課になっている。なんだか情けない。こちらが檻の中にいるようで。柵の外は草らしい草は生えていないし、樹木も下の葉はほとんど鹿に食われている。中はまるでオアシスに見える。枯れかけた夏草を背景に秋冬野菜の緑が伸びやかに茂っている。これでは鹿も入りたくなる。野生動物たちとのお付き合いは続くだろう。    
 
 
  完 2020年11月9日
 
 
追、挟み罠は禁止されているそうです。箱罠、餌は生肉か菓子類がいいとか。

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