タイムロード 3

重松博昭
2022/02/28

 当たり前のことだが日光を電気に、さらに熱に変えるより、日光を直接使った方が無駄がない。太陽熱温水器は優れものだ。一度設置してしまえば何の手間暇もエネルギーも費用もかからない。もう10年以上たつが故障はない。厳寒期は時折凍って水が出なくなるが。夏は熱く火傷に注意。春秋も晴れた日は暖かく、雨の日もぬるい。冬も風呂焚きの薪が半分か三分の一ですむ。
 それにしてもこの冬は寒い。この辺りは山に囲まれ日の入りは早く出るのは遅い。谷間の家はことのほか冷える。朝食後の8時半過ぎ、待ちかねたように坂道(タイムロード)を登る。わが雑草園は南東向き傾斜地なので、中腹から上は日当たりがいい。一面あふれるばかりの光だ。掘っ立て小屋も丸太小屋も外同然の寒さだが、南向きの部屋とベランダは日が出ると南国へと一変する。寒空の日も日中はほとんど山で過ごす。たいした仕事はしなくても外をうろついた方が気分がいい。身体もぬくもる。タダだし石油等々のエネルギーも必要ない。結局、お天道様と自身のエネルギーを使うのが一番効率がいい。
 この半世紀、少なくとも日本では、日光との付き合いにほとんど進歩はなかった。むしろ後退したかもしれない。やはり石油ストーブさらにはエアコン、そしてアルミサッシの登場が大きい。部屋が密になり、一日中暖かくなり、日の光を必要としなくなった。縁側が消えた。漬物をつまんでの茶飲み会議も。
 ところで、農業はこの半世紀、急速に進歩したと一般には思われている。確かに一人当たりの生産性と、商品作物生産効率は飛躍的に向上した。しかしエネルギーの面では近・現代農業はきわめて非効率だ。農薬、化学肥料、機械、ビニールハウスをはじめとする施設……膨大な化石エネルギーの消費が大前提なのだ。時代遅れのお荷物と散々叩かれた小規模有機複合農業の方がはるかに合理的だ。その地その季節に合った作物を完熟たい肥を基本に輪作を守って作れば、ほとんど石油等々を必要としない。土は豊かになり、長い目で見れば生産性も増す。草一本ない砂漠のような畑で作物だけが日を浴びる工業的農に比べ、小規模農は雑草と共生できる。草は太陽光線と二酸化炭素と雨水を存分に吸収し、かつ土壌を保護し諸々の命を育てる。家畜がいればその貴重な緑餌に。刈って敷けばマルチに。枯れれば肥料に。
 工業的農業の極致が「未来の農業」、野菜工場だろう。日光等外界を遮断した密室で、すべてAIが管理し、完全無菌の農薬ゼロ、まさに超クリーン野菜だ。電気は太陽光発電等でまかない水も少量ですむので環境に優しいとか。そうだろうか? これだけの工場・設備を作り、操業・維持するのにどれだけのエネルギーが必要なのだろう。光も水も肥料も供給しなければならない。人口光を浴び、人口肥料で育った野菜が果たして食べ物に値するのかどうか。つい光も風もない密室でほとんど動きもせずに肥え太らされるブロイラーを思い浮かべてしまう。そもそも何でこんな面倒なことをしなければならないのか。ただ大地に種を蒔き、人間が余計な害になることをせず、最小限必要な手助けさえすれば、光と水と空気と土壌が食べ物を創ってくれる。ほとんど無から有が生じるのだ。
 外界を、自然を遮断するのではなく、自然に正面から、直に向き合わなければ。私たち自身も自然なのだ。野菜や鶏たちと同様に私たち人間も密室で暮らすうちに、日光だけではなく土や草や木々や風等々との付き合い方も忘れてしまった。山を根こそぎ削り丸ごと消滅させ、海を埋め汚染し、土をコンクリートで覆い、木々や草々、諸々の生物たちを死滅させ、人間以外の存在を否定して、石炭石油・原子力エネルギーに頼り切って、より多くの金、快、楽をどこまでも求める。温暖化等の深刻な環境破壊が起きない方が不思議だろう。
 話はガラリと変わるが、近い将来、電気自動車等の時代になるのだろうが、せっかく排気ガスがなくなるなら、この際、長年過酷な生を強いられてきた街路樹さんたちにせめてもの罪滅ぼしをしたらどうか。コンクリートを取っ払って土と砂利の歩道にする。少々草が生えてもいい。落ち葉が積もってもいい。草があるからこそ土が流れない。落ち葉が枯れ、土に返って初めて木の生命の営みが完結する。人間から見れば無から有が生じる。わが雑草園の上部の雑木林は、私がサボってほとんどほったらかしで、年1,2回草を刈ればいい方だが(もちろん草はマルチに敷く)、それでも栗、クルミ、ユズなど毎年それなりに実ってくれる。都会の車もビルも、木々が豊かに葉を茂らせれば、少しは涼しい風が吹き、春秋ぐらいエアコンを止められるかも。風とうまく付き合えるよう建物の構造を考えなおしたらどうか。日光とも。冬でも暖かな日差しの日はエアコンなしの方が気持ちいいのでは。
 なにも私は昔に戻れと言いたいわけではない。進歩がだめだと言っているわけでもない。ただ「画一的直線的進歩」絶対は非常に危ういし、面白くない。例えば燃料、薪→石炭→石油・ガス→電気、この直線的進歩が唯一絶対ではない。オール電化生活に薪ストーブがあってもいい。下の家は寒々としているが、南西向きの6畳の部屋だけは日当たりがいいし薪ストーブがあるしでぽかぽかだ。風呂だけでも五右衛門というのも楽しい。山林も薪も豊かな所だったら、8割薪に+電気もいいんじゃない。それに薪にだって進歩があっていい。ストーブの煙を床下に通す床暖房とか、ダイヤル一つで微妙に温度調節できるカマドとか、オーブンや燻製器付きとか……。
 だが現実は厳しい。私たちのタイムロードを登ったり下ったりの無手勝手流新生活は、当然のことながら波乱続きだった。

              続く   2022年2月6日

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