冬へ

重松博昭
2023/11/24

 10月26日昼前、歯科医院から帰って鏡の中のわが上前歯跡を見て暗然とした。まさに廃墟だ。ぽっかりと空いた歯茎にポツンポツンと尖った歯の残骸が突き出ている。8本のうちまだその3本、根が残っているので何とか恰好はつくとか。
 昼食時、溶けたチーズがピーマン・椎茸・ベーコンを覆うピザにかぶりつこうとして、この今までしごく当たり前と思っていた行為が不可能なことに気付いた。失ってみて初めてわかる。食べ物にかぶりつくというのは、こりゃ最高の快楽だわい。例えば柿、固いゴマ入りをちぎってすぐ皮ごと。夏ならスイカ、でっかいのを両手で抱えて。夏直前の甘い汁の滴る水蜜桃、ビワ……トウモロコシも豚足も目刺しも丸天も、焼き芋も回転焼きもメロンパンも……
 歯の切っ先が牙のようで笑うとまるでドラキュラ、自分ながらギョッとする。うちのノンは色々と柔らかな食事を作ってくれたが、かなりの近眼ということもあって私の見てくれなどまるで気にしないのは助かる。
 幸い奥歯は不自由だが使える。大根葉・カブ菜が青々と茂ってきた。一夜漬けをシャキシャキと、だがゆっくりと噛む。人参の間引き菜のかき揚げはカリカリと軽い歯ごたえ。うだりふやけるような高温多湿から一気にキーンと突き抜けるような実り枯れる季節になったのは実に快なのだが、それにしても雨が少ない。その通り雨をついてレタス類を移した。10月初めにまいた春菊・ほうれん草・玉ねぎは連日水やり、もちろん鶏にも。あちこちの軒先に置いた雨水をためる風呂釜が空になりつつある。もっともっと天水をためなければ。トタン屋根の銀杏やクルミの実や落ち葉等々をきれいに除けば、屋根の流れは谷川のよう、軒下にたまる水は澄んでいて風呂にも洗い物にも使える。
雑草たちも花を浮かべ種をつけ枯れ始めた。山じゅうに沸き返っていた緑の荒波が潮を引くように縮まり、枯野になりつつある。鶏の青菜集めが大変だ。この秋から冬が無耕起雑草農法の一番大切な時季だ。特に雨が少ない年は放っておくと畑がガチガチになる。どんどん草を刈って敷いていく。枯草や完熟たい肥や木灰も。育っている野菜の追肥になると同時に次の野菜の準備にもなる。樹木の落ち葉が地面を覆い、ふかふかの土を作るのと同じことだ。
 それにしてもこの人間世界、地球全体が本当に危うくなってきましたねえ。地獄はあの世ではなく現世に、私たちの心の中にある。人間だけの世界、人間対人間、特に集団対集団に救いはないように思う。せめて小さな小さな声ではあるがイスラエルの圧倒的軍事力(アメリカの強力な支援)による大量虐殺に強く抗議したい。同時にごくごく基本的な歴史的事実を確認したい。イスラエル建国が取りざたされる以前、パレスチナではアラブ先住民たちがおおむね平和に暮らしを営んでいた。そのパレスチナを長年支配していたオスマン帝国が第一次世界大戦で敗退し、国際連盟の「委任統治」の名の下にイギリスがパレスチナ一帯を支配、イスラエル建国を支持した。軍事力を伴うユダヤ人入植が急速に進んだ。太古の昔、この地域にユダヤ人が王国を築いたということを唯一の根拠に。パレスチナ側から見れば侵略以外の何物でもないだろう。しかもイスラエル建国後も今日に至るまで侵略・領土拡張は続いている。
 これじゃまるで私の少年時代流行っていたアメリカ西部劇をインディアン(先住民)の側から見てるよう。あれはどう考えても圧倒的軍事力による侵略・略奪ですよね。もちろん個人的主観的には、ただ新世界の大地で生き直したいという思いの人も多かったろうが。
 もっと大きくざっくりと捉えるならば、近現代とは欧米「先進国」がアフリカ、南北アメリカ、アジア……を侵略し続けてきた歴史ではなかったか。巨大科学技術による圧倒的軍事力・マネーによって略奪・支配して、その地域の人間と人間、自然と人間の結びつき、生命の営みをズタズタに破壊してしまったのではないか。そして今、欧米「先進国」の「リーダー」たちのほとんどがこの「原罪」を悔い改めるどころか、自分たちだけが「正義」だと居直り正当化しようとしている。イスラエルの大量虐殺のどこが自衛、正義なのだろう。情けないことに日本の「リーダー」はそれに追随しようとしている。日本はアジアではなく欧米「先進国」の一員だと悲しい勘違いをして。もう一言、ユダヤ人は日本人や朝鮮人や中国人等々と同様、様々だ。イスラエル建国とその後の侵略に反対している人も世界中にいる。イスラエルの中にも反政府反虐殺の思いの人は多いだろう。

 私には人類が途方もない罪を犯し続けているように思えてならない。対人間だけではなく地球の全生命全存在に対して。いつ地球全体が業火に包まれても大洪水に吞み込まれてもおかしくないような気がしてならない。
 だからこそ私たちは一日一日を明日に向けて生き続けなければならない。土に汗し、種をまき、木を植え続けなければならない。
 死という根源への回帰のその日まで。
 死は祈りだ。

 11月1日の夕食後、右下奥の差し歯がポロリと取れた。上前歯一帯はまだ空、左奥は入れ歯で噛みづらい。口の中がスカスカで空気も水も食べ物も外に漏れ出ているよう。食べた気がしない。力が抜ける。何とか気を取り直し、左奥歯をなでるように嚙み始めた。豆腐、卵、カボチャ、芋類、青菜、豆類…噛む、噛む、噛みしめる…三日後、どうやら玄米ご飯も、120回。噛むこと、生きること、イト有リ難シ。11月12日朝、凍てついた秋、枯野に湧く緑の透明感が際立つ。         完 2023年11月18日

   

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