卵と地球

重松博昭
2020/02/03

 少しずつ若鶏たちが産む卵の黄身が濃くなっています。草の味をしっかりと覚えたからでしょう。とはいえ、以前から一般の養鶏場に比べれば大量の青草を食べています。なぜ黄身が薄いかといえば、輸入トウモロコシではなく米が主食だから。大半が友人が作る無農薬玄米、あとは嘉穂町産米、いずれも中・小米です。もちろんパプリカなどの着色材・剤は使っていません。

 大ぶりの比較的殻の薄い卵はお年寄りが産んだもので、ほとんどが濃い黄、年の功か青草が大好きなのです。ただ、ときおり産んですぐでも白身がだらりと緩んでいる。長年産み続けてきた消耗故でしょう。 

 もう一つ大切なのが発酵飼料です。米ぬかと腐葉土と水、台所の残り、耳パン、ドブロクの粕等を混ぜ1日2日置くと、しっとりと甘酸っぱい匂いに。鶏たちは喜んで食べてくれます。以前はオカラを主に使っていましたが、残念なことに豆腐屋さんがこの山田から姿を消してしまいました。あとカキガラ、大豆かす、魚粉を必要最小限。

 放し飼い・平飼い養鶏を始めて40数年、言われ続けたのがこのうすい黄身と、あと値段の高さです。1個35円。一つには規模と手間の違いがあります。こちらはせいぜい2、300羽でしょうか。あちらは何千何万何十万羽がズラリと並ぶケージに入れられ、その前に餌と水のいわば樋(とい)が通っているのですから、完全自動化も可能でしょう。もっともこれは昔見た風景で、今はもっともっと進化しているかも。こちらは山に散在する小屋に、水分の多い重い餌を両手にえっちらおっちらと登っていかねばならない。今、私もお年寄りになり体がついていかないし、米やヌカもこれ以上は手に入らず、百数十羽になりましたので、収益は月3万。これでもうちにとってはきわめて貴重な生活費なのですが。

 なんのために放し飼い・平飼いにこだわるのか。鶏さん達に土の上で伸び伸びと暮らしてもらいたいから。健康なおいしい卵を産んでもらいたいから。最初は50羽を栗山に放していました。木々や野の緑のなかを赤茶の鶏たちが勝手気ままに草をついばんだり、腐葉土をひっかきまわし虫を呑込んだり低空飛行したりと、それはそれは気持ちのいい景色でした。でも、彼等は山にあふれる青草には目もくれず、顔を出したばかりの幼い野菜めがけてゾロゾロとおりてくる。何度追い払っても。その鶏たちと卵をねらう輩(やから)もいる。野犬、きつね、タヌキ、ネコ、カラス、イタチ、テン……何より100羽、200羽と増加していくと、草が根ごと食いつくされ山土が露出・流出し砂漠同然になってしまう。

 そこで畳20枚ほどの広さの小屋に百羽、だんだんにへらし、現在は2、30羽、最大50羽を放しています。もちろん土の上に。毎日青草を大量に放り込んで。時季・天候によっては、床の一部が湿り過ぎて表面がズルズルになることもありますが、おおむね全体が糞と土と枯れ草と混じり発酵し、ふかふかの気持ちいい床土に。10年、20年と蓄積・熟成していくうちに最高の肥料になり、おかげで一切農薬のお世話にならずに四季折々の滋味深い野菜をいただいています。

 あまりに当たり前すぎて、改めて言うのも気が引けるのですが、鶏も生き物、動物です。人間も。人間社会・コンクリートジャングルは自然・大地に支えられて初めて機能する。空気、水、食べ物、木材、紙、電気……石油だって大地からあたえられたものです。廃棄物の始末も自身ではできない。山に捨て、水にながし、焼却して風任せ……。都市化が、文明化が進めば進むほど、大自然の営みが、大地に根づいた人間の生命の営みが大切になってくる。今の日本はそのまったく逆です。田畑や山里を放棄・破壊し、大都会での経済活動のみに邁進している。

 地球全体に目を向けると、どう考えても近未来、水がきわめて貴重な資源になるでしょう。当然、食べ物も。中国、オーストラリア……。「世界の食糧倉庫」アメリカでも、命綱ともいうべき地下水の枯渇が危惧されている。ひたすらより多くのカネを求め、命のことは、食べ物のことはヨソの国にお任せできる時代は終わったのです。この地球の豊かな営みを続けていくためには、それぞれの国・地域がそれぞれの地に根付いた生命の営みを再生・創造しなければならない。

 この冬はひときわ暖かで雨が多い。まるで春のようにみずみずしい緑が野や畑を覆い、あちこちに椿の煮えたような朱色が散っています。毎日、畑の草を平鍬で削る。さすがの鶏たちも食べきれないほど。無農薬玄米と発酵飼料と相俟って、わが養鶏史上、最高の卵でしょう。愉快なことに卵も野菜もドシロウトの方がいいのができる。庭先に2、3羽のチャボを放つ、これ以上の卵はまずないでしょう。寒にやられ黄土色に萎んでいても、うちの白菜のほうがスーパーの立派なのよりはるかにうまい。

 大規模になればなるほど、農薬、化学肥料。大型機械・施設、燃料等々が、畜産では薬剤投与と輸入飼料が不可欠に。日本のトウモロコシ輸入世界一。巨大流通機構も。必然的に常時大量の食料が廃棄される。いつもあるということは、いつも余っているということなのです。

 周りにあるもの、廃棄されるものを飼料・肥料にして、適切な規模の家畜を飼い、四季折々の野菜・果物・加工食品を作り、周りの人々に直接提供する。この小規模複合経営のほうが、時代遅れどころかはるかに合理的だと、日本の山里を再生させる唯一の道だと私には思えるのですが。

 ひたすら晴天を待っています。畑がぐっしょりと水を吸い、起こすことも、バレイショの植え付けもできない。こんな天候ですから、早め早めに春夏野菜の種をまきたいのですが。場合によっては鉢か箱にまこうかと思っています。

 すでに梅の花が満開です。

              2020年2月3日

 追伸  ひさしぶりに本物の巻きずしが食べたくなりました。甘くない卵焼きとかんぴょう、ゆでたほうれん草が私の好みです。ミツバはまだ出てきてません。

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