イノシシ日記

重松博昭
2018/10/24

 9月14日(金)、曇り時々雨、晴れ間も。久しぶりに草刈り機で栗山の草を刈る。栗の実を食べた跡の皮が散らばっていた。イノシシだ。鹿は皮ごと食べる。例年より1、2週間、栗の落ちるのが早い。栗山を囲う柵を点検、全長百数十メートル、横に立てたトタンを竹の杭で支えて並べ、さらに高さ2m弱のノリ網と1mの市販の細かな編み目のネットを重ねて張っている。その南側の奥、トタンが押し上げられ地面との境に穴。

 動物たちとの付き合いの鉄則の第一、予防の徹底、8月中にきれいに草を刈り、柵の点検・補強をすませ、栗の一つでも落ちるのを待ち構えていなければならなかった。一度味をしめ、その気にさせてしまうとこれは……。

 この日1日かけて北隣の竹林から真竹を切り出し、60本の杭を打ち込みトタンを補強した。その夜8時過ぎ、見回り、異状なし。

 翌15日、晴れ、明けてすぐ栗山へ、また同じ所に穴、さらに杭で強化。その夜の12時過ぎ、月が細く、闇に虫の声だけ。少し離れたところにまた穴、栗を食べた跡も、食事を済ませすでに退散したよう。

 16日、晴れ、また1日かけてトタンを補強、夜8時、異状なし。その深夜3時過ぎ、トタンの音に目覚めて急ぎ足で登っていくと、今度は西側、トタンが押しつぶされ網が破られている。逃げ去った後のよう。翌日もトタンと網の間から侵入。

 18日、晴れ、朝晩は冷たくなったが昼は暑い。補強と見回りを強化、まず暗くなってすぐ、南側の柵の外でブーブーという声、2回3回と大声をあげ石を投げると気配消える。11時半、異状なし。深夜の2時半、月は隠れ、星空全体が白い光を放ち、下界は黒々、虫の声がひそやか。そのいかにも暗い栗山の真ん中あたりから、ブフーブフーとイノシシ数頭の地の底から湧いてくるような唸り声。ぞくぞくっとしながらも、「クオラー!」と精一杯の怒鳴り声をあげると、ドドドーと重い足音、ガチャーンとトタンの音を夜空に響かせて、その足音は南の雑木林に消えて行った。

 19日、晴れのち曇り、すこし蒸す。夜に備え、樫の木で作った木刀で素振り、何十年ぶりだろう。夕方から雨、木刀を手に見回り、気配なし、12時過ぎも。翌朝5時、なぜかなんにも来ていない。明るくなって見回ったが、柵も栗も無事だった。ふっと全身がゆるむ。翌日も無事。

 未だにこの「2日間の休暇」の原因かわからないのだが、残念ながらこれで彼等の来訪が終わりとはならなかった。ほとんど毎日執拗にやったきた。今度はトタンではなく網を破られるようになった、。新品を買って重ねて張ると1日は無事だった。また破られる。補修する。また……を繰り返すうちに被害は少なくなっていった。単に栗の落ちるのが減っただけかもしれないが。   

 ただ、重大な問題があった。今まで登場してきた柵はすべて今年作られた頑丈なもの、それらに続いて旧柵があり、これがまたビニールシートやノリ網や鶏小屋の残骸など有り合わせのものを継ぎ接ぎした頼りないシロモノなのだ。その中には実が落ち始めた栗の大木とさらには20アールほどの畑がある。何としてでもこの畑だけは死守しなければならない。

 これは何より心意気の問題なのだ。私はイノシシや鹿やタヌキやイタチや蛇やネズミやモグラ等々と同様に、は無理としても、少しでもこの地に根付いて生きていきたい。しっかりと自身のテリトリーを確保して彼ら野生動物たちと共存したい。

 今、人間社会は巨大科学技術・カネ・パワー至上主義に陥り、自然から逃走し、自然を破壊し尽そうとしている。やみくもにAI化を進め、まるで人間はその僕(しもべ)だ。人間があくまで主役なのではないか。自然こそ、大地こそ私たち生き物の唯一の土台ではないか。実は「もう一つの科学」こそが未来を創るのではないか。それはより深く自然を知ること、なにより人間自身、自分自身を知ること。この地球に生きる知恵を、他者との共存の知恵を究めること。

 話を戻す。深刻といえばそうだが、私は半分楽観的だった。これまでの長い付き合いから彼ら野生動物には、ある種の掟が、節度があることに気付いていたから。実際、これまでこの頼りない柵から畑に入られたことは滅多になかった。テリトリーというものをわきまえているのだ。大切なことは私達がこの場で日々生きていることを、生き続けようと心していることを彼等にはっきりと示すことなのだ。

 いやー疲れたあ。夜の見回りもだが、こんなに真面目に栗を拾ったのは、この地での40数年で初めてのことだ。ノンも、銀杏が落ち始めたのも重なって疲れ切った表情。こんな時ほど夫婦円満、思いやりが大切。心しなければ。私の口がいつも災いの元なのです。地球平和の第一歩ですよね。

 9月29日・30日、台風、幸いこの地は少しの風と雨、それでも栗はバラバラと落ちるし、音は雨風に消されるしで侵入には絶好。30日の深夜、なぜか栗が食べられていない。侵入の跡なし。

 10月6日、台風吹き荒れる。ごっそりと最後の木の栗が落ち、ほぼ終了。結局、あれからずっとイノシシは来ていない。旧柵も畑もまったく被害なし。

 3週間ぶりでゆっくりと畑を眺めた。大根、人参、白菜、彦島菜、春菊等の清々とした緑が黒土に鮮やかだ。山全体が黄土色に染み始めている。

 

       2018年10月8日

 

 追伸 若鶏たちがなかなか卵を産みません。頼りの旧鶏は年寄りになり、産みが少なく、卵は大きく、その分殻が薄く白身の粘度も薄くなっています。いつまで産んでくれるか。         

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