農を、ついでに老いを遊ぶ 1

重松博昭
2023/06/27

 4月20日(木)雨のち晴れ、夕方、五右衛門風呂に浸っていると、近くで茶を摘んでいたノンの「やめなさい」の叫び声、小走りで風呂場に近寄ってきて「ミーサが蛇にちょっかい出してる」
 ミーサ、生後10か月(推定)の白黒茶の雌三毛猫。中肉中背、表情豊かな長い尻尾、クルクルと眼の光の強い白黒パンダをぐっと小さく細くしたような顔、あくびをすると口が菱形に開く。軽々と瓦屋根のてっぺんにも高木にも登る。何にでも好奇心を示す人間で言えば10代後半か。草原の陰に横たわっていた蛇を、ふだん扱いなれている虫の大きいのと思ったのだろうか。
 その夜の10時過ぎ、私はとっくに眠り込んでいたがノンの切迫した声で目が覚めた。ミーサに異変、何かを訴えるようにさかんに鳴く。右前足に血の点が浮き全体が腫れている。マムシだったのか。
 翌日、晴れ、朝9時半、動物病院へ。やはりマムシ、抗生剤・プレドニンの注射。あの元気一杯の子が、かわいそうなくらいしょんぼり、切り炬燵の隅にじっと横たわる。水はちょっと飲んだが食べない。雄猫のトラも心配そう。
 翌朝一番「ミーサ、食べたよ」とノンの弾んだ報告、昼過ぎにはもう元気に動き回っていた。足はまだ腫れていたが。
 24日の夜からようやくまとまった雨。翌日、急に寒くなる。また風邪を引いてしまった。自分に腹が立つ。この3,4月、気持ちよく過ごせた日は数えるほど、ズーンと体が重くなる。
 27日4時前起床、星が冷たく光っていた。すぐに熊本に向け軽乗用車と私、出発。熊ヶ畑から国道211、小石原へ嘉麻峠を登る。山の闇を独りヘッドライトだけが走る。霧は出ていない。ふっとバックミラーに現れた光が見る見る大きくなり、こちらを猛スピードで追い越し前方へと消えていった。
 夜明けから210、日田から212に入り大山町を過ぎる頃、青白くやがて白々と明け始めた。ふっと下腹からわく病み上がりのだるさは濁った白色だ。黒々と木立が浮き上がり、そのはるか下に川岸、川底、水流が覗く。突如現われた松原、下筌(しもうけ)ダムの胸を突かれるような巨大な人口湖・・・
車は387を上津江、菊池へと深い森を走る。菊池市から熊本市郊外、車の流れを往きながら握り飯(海苔、梅干し)と卵焼き、干し大根、レタスをかみしめかみしめ食べる。445をしばらく走り再び山の中へ。この道は矢部町、清和村、さらには宮崎県五ヶ瀬、高千穂・・・と九州最深部へと至る。山道を十数分、御船町下小川野の高丸さん宅に着いたのが7時前だった。
すぐにヒヨコ40羽を車に積み、自家製のおかきとコーヒーをいただく。和彦さんも裕子さんも私よりちょっと下の年代だが相変わらず笑顔が澄んでいる。養鶏、米麦、四季折々の野菜果物、食品加工…急こう配の山地で自由・自立の農(くらし)を創る。うちとは違って百姓同士の協力も消費者との結びつきもしっかりしている。なのに後継者がいないとか。ここだけではない。何代も続いた篤農家の多くが廃業を迫られている。林業も漁業も、麹・味噌や食用油や豆腐等々の地域に根付いた製造加工業者も・・・日本を支えてきた基本的産業のほとんどが消滅しようとしている。
社会全体の問題だろう。進んでいる方向が根本的に間違っている。巨大企業と国家と一体となった巨大科学技術が産み出す新「文明の利器」(AI、宇宙産業も含む兵器・軍備、遺伝子操作、ありとあらゆる分野における諸々の「商品」)を、何が何でも次から次へと消費・廃棄することが進歩なのだろうか。「進歩」は、そしてカネは絶対なのだろうか。そのためには地球環境・諸々の生命の破壊も、極端な富の集中・圧倒的多数の貧困も、資本と資本、国と国の熾烈な争い、ひいては殺し合い、戦争も「歴史の必然」なのだろうか。「異」=「悪」と決めつけ「敵」とみなし、世界を分断し「敵」に勝つためどこまでも軍備を増
強するしかないのか。だとすれば人類の滅亡もまた「歴史の必然」だろう。
 いつのまにか私達はこの「進歩」・カネこそが豊かさなのだと、マスコミ、インターネット、学校、世間等々によって心の奥底深く刷り込まれてしまった。私達は「豊かさ」を、より多くのカネ、クリーン、快・楽を求めて、土からコンクリートへ「民族大移動」した。土は前時代・非文明の、キツイ・キタナイ・キケンの代名詞になった。私達は土を否定した。 
 でも、これですむわけないですよね。土は生命の源、生命そのものなんだから。私達も生命体なんだから。自分自身を否定して生きていけるわけがない。
 実は土ってとっても自由で自在なんですよ。何をやってもいい。その始末は自分でつけなければならないけど。この土の営みである農の、最も痛快なこと、一人(あるいは二人、数人)で自身の生を全部創ることができる。穀物、野菜果物、茸、蜂蜜、卵、ミルク‥・味噌、醤油、茶・・・太陽光・風力・水力発電、メタンガス、薪、炭・・・木材や竹や藁や土で家も建てられる。まるでロビンソン・クルーソーだ。ただ無人島ではなくせっかくこの「豊かな」現代日本社会に生きているのだから、完全自給自足にこだわる必要もない。「拾イズム」でいこう。余りや捨てられているものを貰う・拾うことも、広い意味での農の一つ採集ということにしよう。そうなると衣類・寝具や食器等の様々な日用品、道具類、自転車等、時にはパソコン、あるいは車・・・と、ほとんどタダで調達することができる。「ゲゲゲの鬼太郎」ではないがまるでお化けだ。会社も仕事もナーンニモない。一日中が自分の時間なのだ。
                                                         続く  2023年6月18日

                  

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