十、九、八、……(カウントダウン)の老若男女の声が白々と明け始めた寒空に響いてきたのは、山裾の集落の一角に車を置き、歩き始めた時だった。空っぽの田んぼの真ん中に青竹やわら等で作られた黄土色の山がそそり立ち、人々があちこちに群れ囲んでいた。私達三人が到着寸前に着火、一気に火と煙が天に噴き上がりバチバチと火花が大空に弾けた。黒々とたたずむ山々をバックに炎は息を呑むほどに赤々と膨れ上がっていく。あたりに香ばしい暖かさと懐かしい匂いが漂った。
妻とMs.チャーイー(中国、28歳)は土手に立ちじっと炎を見つめていた。白の防寒服に毛糸の帽子姿の彼女を、ここ熊ヶ畑出身の大学あるいは高校生といっても誰も疑わないだろう。表情に濁りも淀みもない。眼差しがまっすぐで落ち着いている。
うっすらと霜に覆われた田んぼの一角で、地元のおばちゃん達が、焼き立ての餅の入ったぜんざいと七草粥をふるまってくれた。梅干しが絶品、ほどよいすっぱみと滋味がすきっ腹にしみこんでいく。顔見知りの人達と器と箸を持ち立ち話、みないつもよりすがすがしい表情だ。この1月7日のどんど焼きに、今まで42年ほど、一度も来なかったのが惜しまれる。
彼女はハッサンとも一目で通じ合った。食事、五右衛門風呂、薪ストーブ……この厳寒期の雑草園の暮らしを楽しんでくれた。土間でのゆず茶作り、薪切り、草取り等々も。英語も日本語も堪能、自身で学費を稼ぎ、アメリカの大学で農業経済を学んでいるとか。経済至上、グローバル経済にはかなり冷めた見方、アメリカと中国の現状にも。
料理もすっきりしていた。まず鶏の内臓の煮込み。長時間水煮した後、鶏肉と馬鈴薯を加え、しょうゆ、ショウガ、酒等で味付け。臭みが消え、品のいいまろやかな味に。次に餃子、もちろん皮から、そして水餃子、白菜の生を細かく刻み塩もみして水を絞る。チャーハン、といっても様々らしいが、今回は野草ご飯のような淡白な美しい一品だった。少量の油で弱火で炒めるとか。全体に、材料・調味料の融合が絶妙。
1月23日早朝4時過ぎ、布団を出ると、身も心も細る寒さ、地の底から凍り付くような。外を見るとやはり、闇が雪の白に埋まっている。明けて、山全体が白い空白に静止していた。とにかく動かないともう寒くて、まずは雪かき、20センチは積もっている。あたりがにわかに灰黒色に、忽然と湧いた粉雪が宙と空を埋め尽くす。風も音もない。
昼過ぎ、寒さは少し緩んだが、雪はほとんど解けていない。まるで雪男のような偉丈夫が大きなリュックを背負って雑草園に登ってきた。Mr.ヤイス(デンマーク、23歳)、JR新飯塚駅から上山田までバス、それから登り道を約20分、歩いてきてくれたのだ。一見、Ⅽ・W・二コルをぐっと若く、それでも40は過ぎたオッサン。横顔になると、項がスベスベと初々しくまるで大学一年生。よく見ると、眼差しの優しい知的なけっこういい男。
まずは緑茶を飲み談笑、雑草園の暮らしを予定の一年から半年にしたいという。やはり、一年は長すぎるよね。翌朝7時から旧鶏小屋の肥料入れ。8時の朝食のあと、一か月後にここを出て、日本のあちこちを回りたいという。明日になると、「今日でお別れ」かな。
仕事はまじめ過ぎるくらい。案の定、3日後にはダウン、休ませてくれという。それはいいが、たんぱく質が足りないので力が入らないと言い出した。これには妻もカチンときて、卵、大豆、そして魚、乳製品、肉(多くはないが)……と玄米、野菜、キノコ、海藻……と一人一人の健康を考え、心を込めて毎食作っていると主張。だが要するに肉なのだ、彼が欲しているのは。
仕方なく大量に買い込んだ。国産牛は高い。といってアメリカ産だけは買いたくない。幸い、デンマークでは豚肉が主とか、鶏肉でも可。だが市販の肉ばかりに頼るのも悔しい。それに最高の動物タンパクがあるじゃない。雑草園の自然卵が。
どこの偉い学者先生が言い出したのか、卵=コレステロール=悪玉。
一つ、肝心なことは食の全体、バランスなのだ。トマトやキウリ2、3切れに大量の動物タンパクでは体にいいわけない。
一つ、一物全体を摂ることも食の基本。肉なら皮、骨、内臓……。卵は全体食そのもの。
一つ、食べ物の質、安全性はどうなっとるんじゃ。近頃、農薬のこと、季節外れの野菜の栄養不足等、とんと言われなくなった。やっぱり旬の健康な野菜のほうが健康にいいんじゃない。卵だって。では健康な卵とは。そりゃ健康な鶏が産んだ卵でしょう。日光、清新な空気、土、運動……それに食べ物。
今、わが雑草園の卵は、40年以上の歴史の中でも最高だろう。なにしろ無農薬玄米(友人から回ってくる小米)が餌の主なのだから。それに大量の青草、米ぬか、腐葉土、カキ殻、台所の残り、わずかの耳パンと大豆かす、このところ魚粉と輸入トウモロコシは使っていない。うちんげの卵の黄身の黄は、緑黄色雑草の黄なのです。
積年の悔しい思いをぶちまけたので、つい長くなってしまった。次回に続きます。
2017 3・7