久しぶりに豊前川崎駅に向った。助手席にハッサン。10月18日(木)午前9時過ぎ、晴れ時々曇り、パラリと雨も。鈍い緑に黄土色が混じり始めた山を抜け、真崎に出て、中元寺川沿いの黄緑の草の道を散歩。広々とした川原をすべすべと平らな巨大な岩が覆う。けっこう水量が豊か、さほど汚れていない。ほどよい冷たさの風と柔らかな光。
新しくなった駅は、この町には不似合いの高架道路に隠れるよう。そのミニ駅舎の半分ほどを占めて、ナスやピーマン等の地元物産が売られている。すでに亮太君(23歳、千葉から)は大きなリュックと並んで待っていた。がっしりとした長身で坊主頭、目に邪気がない。頼りになる兄貴といった印象。
帰り着いて、今度は妻のノンを乗せて筑前大分駅へ。昼食のお好み焼きは亮太君にお願いした。30分遅れてMr.ファビアン(ドイツ、28歳)到着。目元涼やかで細めの中背、ちょっと神経質そうな表情。四人で食べたお好み焼きは(山芋がなかったせいか)少し硬め、上に乗せた豚肉のカリリとした旨みが効いている。亮太君手つきがいい。年季が入っているよう。
食後、少し仕事。夕方、彼等とノンとハッサンと散歩。五右衛門風呂に亮太君いそいそと入る。ファビアン君は皆にしつこく勧められしぶしぶ、ピンク色の顔で上がってきて、「気持ち良かったあー」(もちろん英語で)
大きな瓶で発酵させていたドブロクには二人とも興味津々。夕食時、三人で乾杯、気に入ってくれた。そうです、ドブロクはうまいのです。飲めば飲むほど。米の甘みが澄んでいる。口当たりも喉ごしも後味も自然な辛口なのです。これがわからない人が多いので、すっかり嬉しくなった。ノンの料理は魚とポテトのフライ、枝豆、わかめと卵の酢の物、大根葉の一夜漬け。みるみるなくなっていく。玄米飯の食いっぷりも見事。
翌朝7時から菊芋ほり、仕事ぶりも頼もしい。黄色に枯れながらも樹木のようにしこる雑草達を根こそぎ除き、丁寧に鍬を入れる。今年は芋が小さい。増えすぎて困るほど繁殖するものだから、手を抜きすぎたかな。午後、ノンと私は福岡の歯医者へ。空の雲が劇的に変化、高々とした青空、真っ白な雲、やがて現れた灰色の雲の群れが日を遮り空を奔る。冬と秋と夏とが交錯している。
夕方の6時過ぎ帰ると、亮太君がご馳走を作ってくれていた。やわらかな甘みの肉じゃが、エンサイとワカメと卵のいためもの、鶏のから揚げ、酢の物。ファビアン君もずいぶん優しい表情に。この二人、馬が合うよう。亮太君は英語も達者。どちらも「土の暮らし」を体験したかったとか。ファビアン君は広島から福岡までヒッチハイクで。大都会、特に東京には批判的、あまりに忙し過ぎて病的だとか。スマホもあまり使わない。亮太君は祖父の田舎で農的暮らしの経験あり、食を、生き方を土台から見つめなおしたいという。
20日、晴れ、里芋畑の草取り、草刈り。ミゾソバの清々とした緑がワンワと盛り上がり、白にピンクの小さな花が無数に浮かんでいる。鎌が二つともへし曲がる。力が有り余っているんですねえ。夕食はノンが皮から作る巨大水餃子、ゆでたてを酢醤油と辛子でかぶりつく。二人とも満足げ。21日の朝、寒し、晴れ。昼食をファビアン君作る。小麦粉と卵と水を混ぜ、小さな穴(おろし器の)を通して熱湯に落とす。マカロニみたい、彼こだわりのホワイトソースをかけて。クニョクニョと独特の食感。ファビアン君、ギターをひく。なかなかいい。ブルース? スペイン風? ぼくはなぜかインドを感じた。翌朝の9時、亮太君を豊前川崎駅に送る。暑くも寒くもない晴れ。なんだかずっと前から親しかったような。また会いましょう。ハッサンもそんな表情。
23日、晴れ、のち雨、のち曇り、夜は雨、朝には止んでいた。彦島菜、小松菜、チンゲン菜等の秋冬野菜の新緑が、雨を浴びて息を呑むような透明感。ファビアン君は独りで黙々と重労働をこなす。畑仕事、丸太運び、薪切り……なかでも、この夏の大雨で土砂に埋められていた排水路の復旧は、本当に助かった。食事はなんでも。大抵の欧米人が食べない漬物も。納豆は出さなかったが、卵かけもラッキョウも梅干しも一応食べた。おかずばかり食べて、残ったご飯に醤油をかけて食べることもなく、きちんと交互に食べた。何にでも醤油をかけすぎるのが唯一の難点だった。それにしても日本食はずいぶん世界に普及したものだ。醤油も味噌もノリも豆腐も、うちではめったに食べないが刺身も、皆、喜んで食べてくれる。
いつも静かだったが、こちらが話しかけると誠実にこたえてくれた。スコットランド、イングランド、スロベニア、ネパールとウーフをやったらしい。なぜか日本ではうちだけ、次は韓国だとか。多分、余計なものがない、シンプルな地が好きなんでしょうね。職業は一応カメラマンらしい、栄達とか出世とか安定とか高収入とか興味ないよう。
10月26日(金)の昼食は豚まん、夕はちらし寿司、ノンが腕によりをかけて。彼はギターを静かに。時おりハッサンを撫でて。そういえば猫のトラ次郎は毎夜、彼の丸太小屋に入り浸っていたとか。
翌朝、彼は旅立っていった。
すでに11月半ば、今のところ、さほど寒くない。そのせいか彦島菜や小松菜は伸びすぎるくらい。白菜もあふれるほどだ。雑草達は土色に枯れしぼんでいく。ミゾソバの花は三角にとがり種を付けつつある。樹木の紅黄葉はまばら。栗はまだ黄緑、コナラは鈍い黄土色、柿の葉のほとんどは散った。
ふと椿の茂みに目をやると、どんぐりのような緑の蕾が幾つも膨らんでいた。
2018年11月12日