「一病‘即’災」中

重松博昭
2015/11/11

 「遠賀川源流の森コンサート」を終えて十日が過ぎた。一週間飲んだ特効薬と一日一回風呂上がりの塗り薬のおかげで、腰と腹の疱疹はほぼ引いた。痛みもずっと軽くなった。
 痛み止めの薬は二週間分もらった。これで痛みから解放されると、最初の一日は食後三回きちんと飲み、いつものように酒もきちんと飲んでよか気分で床に就いた。が、前日までと同様、痛みで何度も起こされた。薬の注意書きを読むと、「アルコールとの併用は肝臓病を引き起こす恐れあり」。躊躇なく薬をやめた。
 私は痛みにはてんで弱い。拷問なんて想像するだけで……すぐに何でも白状するだろう。もしそのような時世にでもなれば、青酸カリでも常時携行するしかない。死そのものは何とかなりそう。誰一人死ねなかった人などいないのだから。末期がんで痛む時は迷わずモルヒネの必要十分の投与を望む。
 今度の場合、ビワの葉の実験済みだった。生の葉の表を患部に貼るだけ。直接貼れないときは、下着の上から乗せるだけでもけっこう効いた。少なくとも耐えられるほどに、夜眠れるほどに痛みは緩んだ。
 だるさの方は一向に取れないどころか身体中の肉や骨にたまってきているような。薬によってウイルスは一応沈静したのだろうが、まだ身体の奥に巣くっているような。なにか生き心地が悪い。どこか心身のバランスがくずれている。なにもかも面倒、眠っても眠っても眠り足らない……
 肝臓では? もう20年以上検査なるものをやっていない。病院に出かけるその足で、その前にと帯状疱疹の大先輩のところに寄った。私のこの症状はまさにこの病気そのものだそうな。そもそも身体が弱ったからこそ、生命力、免疫力が落ちたからこそ、長年眠っていたウイルスが復活したのだから。
 そうか、身体が休ませてくれと要求している訳か。堂々と休んでいいんだ。と勝手に解釈して、なにか解放されたような気分で病院には行かず帰ってきた。
 とにかく眠った。眠りの合間に仕事をし、食べ、飲み、本を読み、散歩した。書く気は起らなかった。極力外出は控えた。こんなに眠ったのは幼時以来かもしれない。自然、酒量も減った。それほど飲みたいとは思わなかった。眠りこそ最高の快楽なんだよね。深い眠りをむしろアルコールは阻害する。
  
 どうやら5、6割方体力が戻った頃、Mr.ジャコブ(オーストラリア、二十歳)、Mr.エディ(ドイツ、二十歳)が一週間、雑草園で暮らした。
 ひどい一日目だった。夕方暗くなりかける頃、博多駅ホームで待つこと二時間、二人は現れない。こちらからのメールを確認していなかったのだ。ただでさえ私は午後4時を過ぎると脱力状態に、まして半病人のこの時は……直接電話で連絡を取るべきだったと、公衆の面前で口汚くわめきたてた。どうしようもない自己嫌悪、病気がぶり返しそう。こんな時の妻は冷静、的確なめげない行動派なのが救いだ。
 ほとんど真っ暗になった筑前大分駅前で待っていた二人を見た時、映画「真夜中のカウボーイ」の風来坊たちをふっと思い浮かべた。ジャコブは長身のアングロサクソン風、颯爽としたいい男だがどこか拗ねたお坊ちゃまのカゲが。彼と比べるとエディはぐっと小柄だが日本では普通。ロシア生まれらしいが何となくイタリアっぽい、なで肩で優しい知的まなざし。うちで生活できるか、仕事はやれるか、は別として、いたって気のいい若者たちだった。私達を待っている間、近くの学校のグラウンドまで散歩して、スーパーで買った餃子を食べたとか。多分ビールと煙草付きで。私も一気に陽気な気分に染まった。
 翌朝、案に相違して二人は朝食前に余裕を持って現れ、時間まで裏山をぶらついた。玄米飯とみそ汁(この朝は呉汁だった)もオーケイ、後かたづけも。
 10月半ば、ずっと晴天続きだった。わざわざその強烈な太陽光線の下で(日陰はいくらでもあるのに、虫が嫌なのか、蜘蛛が怖いのか)、傘をさして(まるで砂浜のパラソルのように)、ラジオを聴きながら、ぎんなんの皮をむき実を拾い上げてくれた。根気と集中力のいる仕事だ。丸三日で6、7割終了、大変助かった。次のユズちぎりは高いところの実はほとんど残したまま、鋭い棘があるので面倒になったのだろう。ストーブの薪の用意もこの時季の重要な仕事、古材の釘を抜き、鋸で挽く。その鋸二本とも刃が駄目になったが、これは想定内、力任せでやるとどうしてもこうなる。テンプラの後の油を全部流しに捨てられたのは想定外。ま、必ず起こるんですよね、想定外が。
 時折、一日の仕事の最後にハッサンと散歩してもらった。いつも予定より30分超えて帰ってきたが、ちゃっかりとビールを飲んでいたよう。さぞうまかったろう。
 おいしいおいしいと妻の手料理を平らげてくれた。ドブロクもほどほどに気分良く飲んだ。なにより彼らには華があった。明るい暖かな生命力があった。
 その勢いをもらい、私もすっかり回復……でめでたく終わるつもりだったのだが、彼らが去った後、「招かれざる客」登場、この話は次回に。

       2015年11月11日

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