木の葉のように

重松博昭
2017/09/17

 6月15日(木)、飯塚市での熊ヶ畑産廃民事裁判のあと、嘉麻市に戻り、例の産業廃棄物中間処理施設の火事現場へ。百谷峠へとほぼ登り詰めたあたり、まだ鎮火していない。毒々しい明らかにプラスチック類の燃える臭い、気分が悪くなる。現場は立入禁止、急斜面の奥で、道路からはほとんど見えない。

 一旦下り、産廃場の向かいの山(一応公園なのらしい)に登る。石炭関係跡地か、広々とした荒れ野、いかにも産廃業者に狙われそう。またこんな所が山田にはよくある。

 私はこういった風景が大好きだ。荒々しく開放的で原初的、なんの役にも立たない空地、空というのがいい。このままでいい。そのうち木が茂る。ゴミ捨て場にされないかと心配なら、全国からボランティアを募り、植林を、果樹栽培を、畑をやろう。鶏や豚の牧場も、養蜂もいい。ついでに「喫茶サンパイ」、「サンパイ資料館」、いっそ「環境大学」……この山田から地球の明日を見据えるのだ。

 向かいの産廃場は天にそそり立つようなゴミの山だった。当日はこの世界全体がすっぽりと黒煙に包まれ、まるで地獄の業火のようだったとか。

 

 地獄に仏ではないが、この日、さわやかな女性が雑草園を訪れてくれた。茉由(まゆ)さん(22歳)、滋賀県から。やわらかーな関西弁、人の話をよく聞き、要点をおさえて話す。晴天続きでカラッカラのなか、マイペースできっちりと仕事をしてくれた。

 料理は日常的にやっているとか。バレイショと玉ねぎが豊作だったので、まずはコロッケを作ってもらう。カレー味でシイタケも入った。味が深まる。次は頂き物のズッキーニ、揚げてだし汁に浸ける。この料理は初体験、なかなか上品なこく。残っただし汁に茹で卵を浸け、3、4日後に食べた。ちょっと高級な中華料理風。あと、ビビンバ、お好み焼き、オムライス……。

 収穫作業のほうは、ニンニクはさっぱり、来年の種にやっとか。赤ソラマメはなぜか毎年よくできる。塩ゆでもいいが、砂糖控えめに煮てもこの豆の味がよく出る。

 水まきが大変だった。キウリ、ナス、ピーマン……トウモロコシだけは固い畑にがっちりと足腰を落としている。オクラ、インゲン、モロヘイヤ、赤しそ、えんさい、つるむらさき……なんとか芽を出し育っている。ふだん菜(ヤーロウ)と青しそはエライ。種もまいてないのに、あちこちに自生し、青葉を茂らせている。20、21日と少し雨、やっとゴマの種をまいた。

 去り際になって彼女は、プロの芸というかライフワークというか見事なイラストを披露してくれた。スマホで。実物でないのは残念。風景画というか生活画というか、細部の細部までリアルかつ生きている。安らぎが、夢がある。伸びやかな風と土の匂いがする。

 7月上旬は一転して台風、そして豪雨。ここ山田も時に激しく降ったが、まさかすぐ近くの朝倉市、東峰村が、あれほど凄まじい災害に見舞われようとは……。

 もしあの未曽有の集中豪雨がここ山田を、熊ヶ畑を襲っていたら……。

 7月12日、福岡県はあの大火事を引き起こした産廃処理業者を3月31日まで営業停止とした。えっ、と私は一瞬言葉を失った。ごくごく普通に考えたら、即刻の廃業かつ速やかなゴミの全量撤去を命じるべきじゃないの。熊ヶ畑産廃場の10倍拡張もそうだが、県は嘉麻市のことを、福岡県の、いや日本のゴミ捨て場としか思ってないんじゃない。私たちのふるさとが、大量の産業廃棄物を含む土砂水の濁流に呑み込まれたとしても、県のエライ方々は決して心から謝りはしないだろう。自身の非を、責を認めようとはしないだろう。

 なんとも鬱陶しい梅雨末期だった。時に差す日差しの重苦しいこと。太陽の全エネルギーと大気の全水分が覆いかぶさってくるような。

 ぷっつりと雌猫のニャン太郎が姿を消した。なにしろ長毛種で毛が深く密で、暑さ・湿気が苦手、毎年この時期1日2日、おそらく涼しい地べたにじっと横たわり、食事にも現れない。それも3日目になると、心配になる。元気ではあったがもう13才、妻のノンの表情も余裕がなくなってくる。丸太小屋、軒下、床下、風呂場、鶏小屋の廃屋、カキの木の陰、茶の木の茂み……捜し回るがいない。

 4日目の早朝、まず猫たちの食事の場、土間の水屋の上を見るがいない。えさもほとんど減っていない。オス猫のトラ次郎は健在だがなんとなく元気がない。ますます家の中が重苦しくなってくる。ノンに生気がなくなってくる。その夜は何度もあちこちを見回り、翌朝も早く起きたが、気配のカケラもない。

 じっと座っているだけで、この家の主のような存在感だった。まるでフクロウのように大きく深い、エメラルドグリーンの目だった。誇り高い、独立心の強い女(ひと)だった。やはり死ぬ時も独りで逝くのだろうか。犬のサンタもクロもそうだった。彼らの潔いことよ……。あきらめきれずに雑草園中を鎌を手に捜し回った。外に出たとしたら、どうしようもない。

 6日目の朝、暗い土間に下りたが、やはりまったく気配がない。どっと寂しさにおそわれた。なにかが身体の芯から抜け落ちていった。腑抜けのようになってともかくハッサンの散歩と鶏の餌やりをすませた。

 すっかり明るくなった6時過ぎ、土間に入り、ふっと冷蔵庫の上を見ると居たのだ。雑巾の切れ端のようなニャン太郎が。生きていた。抱きかかえ大声でノンを呼んだ。彼女は飛んできた。見違えるような生気あふれる眼差しでニャン太郎を見つめた。

 

 あれから1週間、相変わらずの猛暑ですが、ニャン太郎は元気に回復してくれました。以前にも増してすっきりと美人になったよう。

 ただただ感謝……そしてこの夏のニャン太郎の、同時に皆様と我が家一同の健勝を祈るばかり。

             2017年7月27日

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