花の命は・・・・

重松博昭
2023/03/31

 3月12日早朝4時過ぎ起床、下の家からいつもの通り雑草園を掘っ立て小屋へと登り、薪ストーブで一日分の湯を沸かし、ホットケーキを焼き、茶を飲み(時に大豆を炒って挽いて黄な粉を作ったり、コーヒー豆を炒ったり)、読んだり書いたり。空が薄明るくなってハッサン(雌犬、13歳)と上の雑木林を歩き、7時前から4つの鶏小屋、全部で140羽に食事を運ぶ。すでに東の山の際は橙色に染まっている。妙に空気が生暖かい。主食は中・小米、あと直径・高さ3、40㎝の器に米ぬか、腐葉土、台所の残り、どぶろく粕、水に溶かしたらくがん等々を混ぜ発酵させたもの、カキガラ、わずかの魚粉、青草は山のように小屋に放り込む。
 最近、卵の値を上げないのかとよく聞かれる。他と比較しての相対的値打ちでいうなら、うちのは50円、いや百円でも高くないと私は自負している。広々とした土間をうろつき、日を浴び、風に吹かれ、土をほじくり、青菜食べ放題というだけでも、身動き一つできないケージ飼いとは格段に違う。さらに一般の養鶏場の餌は輸入トウモロコシが大半だ。遺伝子組み換え、除草剤等の農薬、運搬の際の薬剤等々問題が多い。輸入穀物に頼り切った日本畜産の脆弱さが今回露わになった。トウモロコシは約2倍、大豆かす、魚粉等も軒並み上がった。畜産だけではない。日本の食は心細い限りだ。少々の値上がりで済むならまだしも、食いものが外国からはいってこなくなったら、どうする?
 もう一つ、鳥インフルエンザの日本各地での発生。これは新型コロナと同様、密集・密閉・密着が根本原因だろう。そもそも何万、何十万と飼育数が多すぎる。人間も大都会に密集し過ぎだ。鶏も牛も豚も人間も生き物であるというしごく当たり前のことを再認識して、日本の各地域で食・農を立て直す、自然との結びつきを取り戻す、大地への帰還こそ急務だと私には思えるのだが、なんだか風向きが逆に、ますます金・科学技術・軍備至上になってしまった。特にロシヤのウクライナ侵攻以降。言われるままにアメリカの武器のお下がりを巨額の税金で買い揃えることが急務となってしまった。自民党よ、本来の保守に戻れ。日本の国土を、住民の命を、生活を守れ(まず「異」を悪と決めつけない覚めた全方位外交と、日本防衛最大の弱点かつ未来の最大最悪のお荷物原発廃止でしょう)。現政権・自民党に目覚めてもらうためにも国民よノーと言おう。
 話を戻して、うちは輸入穀物をまったく使わず、この近辺の農家・精米所の米(半分以上が飯塚市庄内の荻原さんが作る無農薬玄中米と籾)と米ぬかを用い、これらは今の所、値上がりしていないので35円のままというわけ。
 さて午前10時過ぎ、麹づくりを始めた。味噌、どぶろく、甘酒等とわが食生活の基幹ともいうべきものだ。薪ストーブをがんがん焚き大鍋の湯を沸騰させ、その上のせいろうの中の米5キロ(もちろん荻原さんの無農薬中米)を蒸す。汗が出てシャツ一枚になる。まるで初夏だ。約1時間後、指でつぶれるほどに蒸しあがった米を、掘っ立て小屋の上の離れ(6畳ほど)に運び、40数度に冷まし、わずかの麹菌をパラパラと混ぜ、米30キロが入っていた紙袋に詰め、こたつに入れた。あとはざっと48時間、38度~40度に保つ。
 昼食、畑仕事、卵採り、餌やり、風呂焚き等の合間に麹の守をする。夕方までずっと39度だった。下の家で夕食後、離れに戻る。この2晩はここで過ごすことになる。7時半、床に就き、寝入ったのが9時、夜中1時にも麹を点検。時に麹の温度は上下したが、こたつの温度を調節してほぼ39度に保った。
 翌早朝、起きだしたのが4時過ぎ、麹に変わりはない。ドアを開けると外は冬だった。黒々とした底冷えに身体の芯がシャキッとした。なぜか幼い頃、父に連れられて汽車の旅に出た冷たく暗い朝を思った。離れに戻り、パッチをはき、身支度を整え直して闇に出た。
 昼間もさほど温度は上がらなかった。夕方になると急に冷えてきて、寝床に入っても寒気がして厚い毛布を足した。未明にかけて一層冷えた。温度の点検のため寝床を出るのはつらかったが、本格的に熱の出始めていた麴には好都合で、こたつから出し毛布と布団をかけ、38~40度に保った。
 この早朝も4時過ぎに外にでた。南西の空に半月が出ていた。雲も風もなかった。栗、柿、桜の枝枝の先や開いたばかりのモクレンの白が凍っていた。満天に星が静かに輝いていた。青白い月の光に草原を覆う霜の無数の氷の粒が天の光より強いきらめきを放っていた。
 早朝の日課を終えた7時15分、待ちに待った日が出た。山じゅうに橙色が充満した。限りなく透明な微細な氷の光と、それらが一瞬にして溶けた限りなくまぶしい水の光とが草原一面に躍動する。
 朝食後の9時過ぎ、畑に草取りに行く。風は冷たいままだが日差しは強い。その光に照らされて、野や畑が浮き上がるようだ。本当にこの新緑の萌える時季、浮き上がって見える。草の色が青ではなく緑なのだ。抜けるような。無垢のエネルギーに満ち満ちている。光そのものなのだ。それら一面の緑のあちこちに、オオイヌノフグリの小筆の先のような幼い青紫の花々が浮かぶ。ハコベの花も可憐で、ちっちゃなちっちゃな白いお日様のよう。
 昼前、麹が落ち着きどうやら出来上がった。ただ守をするだけなのだが、なんだか寒さに疲れた。昼食時、妻のノンが残念無念の表情で言った。「ハクモクレンが茶色になってた。霜にやられたのねえ。」
 山の真ん中に咲く椿は満開、夥しい花々が落ち、煮えたような朱色が地面を覆う。咲き乱れる春もいいが、冬のひっそりと咲き、散る椿が私は好きだ。
                          完   2023年3月16日

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