いざ、秋へ

重松博昭
2014/09/10

 あんまり雨が続くもので、一体今がいつなのか、どの季節なのか、わからなくなってきた。当たり前に思ってきた季節の流れが、空気や水と同様に、いかに有り難いものか。夏の暑さ、強烈な光が、私たちの生存に不可欠であることを、今更ながら痛感させられる。もしこのままこの天気が続いたら、稲はまともに実らないだろう。果物も夏野菜も朽ちてしまう。秋冬野菜の種まきもできない。
 今日も灰色の空かと思いながら、早朝、野に出る。そう、畑というよりは野なのだ。この悪条件などものともせず、野草達の生命が水々しく溢れている。Ⅰ本Ⅰ本が土から吹き出ている。天に立ち上がっている。俺もなんとか生きていけるかなと思う。実際、草々の合間を縫うように、インゲン、モロヘイヤ、ニガウリ、ナス、ピーマン、ごぼう、大豆、胡麻……とそれなりに元気に葉を茂らせ、実りをぶら下げてくれている。消滅しかけていたナスはすっかり生気を取り戻した。テントウムシモドキを妻が一つ一つ取り除いてくれたおかげだ。てんとう虫さん、前々回の山の暮らしで、ナスの葉を食べるなどと濡れ衣を着せてごめんなさい。あなた方は害虫を食べてくれるれっきとした益虫なんですってね。
 それら緑の海から背伸びするように、オクラが十数本伸び、清楚なクリーム色の花がいくつも開きかけている。わずか一日の命で翌日にはぐんなりと色あせてしまう。そっと切った花々をさっと熱湯に通し、丁寧に水洗いし、斜めにしたまな板にのせて水を切る。酢じょうゆに柚子こしょう、あるいは三杯酢、ゴマ醤油等でいただく。ほのかな苦味と上品なぬめり、清新な舌触りが日本酒に最高だ。
 この気の滅入る8月、のっけからもってこいの助っ人が生活を共にしてくれた。一成(かずしげ)さん、男性、横浜出身、40歳。ちょっと痩せ気味の中肉中背、誠実、優しい眼差し、利かん気も潜んでいるよう。久方ぶりの日本人、しかも気を使いすぎるほどに気配りの人。最初からなんの違和感もなくこの山の暮らしに溶け込んでくれた。暗黙の了解がきくのがこんなにも楽なものとは。
 特に台所の片付け、ただ洗うだけではなく、食器の収納、流し・レンジ・食卓の清掃、整理等々、一日の流れを完璧にこなしてくれた。
 連日の雨の中、朝6時から鶏の草やり、鶏小屋の肥料だし、鹿・猪よけの柵作りなど、何も言わなくても自身で判断して着実にやってくれた。
 料理の筋もいい。私たちからすれば得体の知れない多分エスニック風の、ご飯や焼きそうめん、鶏肉と野菜の炒め物などなど、深遠といえば深遠な味だった。
 食事時は三人で侃々諤々、主に現政権批判、日本や地球を憂える議論。ため息混じりの尻切れトンボに終わらせまいと、無理やり私が結論めいたことを言う。 
 今は混沌の時代などではない。進むべき道がこんなにはっきりしている時代はなかったかもしれない。科学技術が産み出す新「文明の利器」を次から次へと消費することが「進歩」であった幸せな時代はとっくに終わった。その人類の「進歩」が結局のところ、……鉄砲……飛行機……核……と武器の、人殺しの「進歩」でしかない時代も終わらせなければ。科学をなにより自然を識るために、存分にその創造力を発揮してもらうために用いなければ。そして人間を、自分自身を識るために。それなしに他者との共存はありえない。 
 私たちにとって進歩とはなんだろう。私達一人一人がいきいきと生きることだ。この地球上のすべての人々がいきいきと生きることができるよう前進していくことだ。
 そのためにはこの地球上のそれぞれの地で、豊かな半永久的に持続可能な生命の営みがなされなければ。大地に根付いた農林漁業が営まれなければ。空気、水、食べ物がなくてどうして生きていく?

 彼のこれからの展望も尻切れトンボ。農的暮らしはしたいが、具体的にどうしたいのか、何で金を稼ぐのか、どこに根を張るのか・・・ま、色々と考えているうちが花なのかも。それに人間(特に女性)や場との運命的出会いがあるかも。
 日本中いたるところ農地は余っている。半農でも兼業でも日曜百姓でもいい。どしどし提供すればいい。そういったシステムを作らなければ。大規模化、機械化、画一化が農業の進歩だという迷信からいいかげん覚めたらどうか。

 9月1日、一成さんは横浜の実家に帰っていった。その2、3日前から急に秋(それも水気の多い、妙な)になった。ともかく種をまかねば。ポットにまいたブロッコリー、チシャは既にずらりと芽が出ている。人参を急がねば。自然農法の真似事を始めて半年だが、確かに耕さず刈った草を敷いていくほうが、大雨時にも土は流れないし、しかもそれほど土は固まらない。ただ手間はかかる。手や小さな唐鍬で枯れ草を分け溝を作り、種を落としていく。いろんな虫が飛び交うのは楽しいが、コオロギが気になる。特に大根などのアブラナ科の芽がめっぽう好きなのだ。さてどうなりますやら。 
 先日、お隣の産廃場の約10倍拡張への県の許可が下りた。それを阻止すべく裁判へ。その原告の末席に私も加わった。明日、9月7日、決起集会。
 山々よ・・・     2014 9・6

石風社より発行の関連書籍
関連ジャンルの書籍