季(とき)の旅

重松博昭
2021/02/08

 今から考えてみれば、栗収穫後の昨晩秋はもったいないくらい平穏な日々だった。アライグマ等との夜のお付き合いはひとまず終わり、大豆や人参の葉を鹿に食われるのも10月末が最後になった。
 
 この日の早朝5時過ぎ、ハッサンの太くよく通る声が南下の窪地から響き渡った。そこは里芋・大豆・生姜が収穫直前で、すでに大豆の葉は半分以上が食われていた。ハッサンの威勢のいい吠え声が段々畑へ、さらに栗山へと駆け上った。下界はまだ真っ暗だが、妙に明るい星空に木々が黒々と浮かび上がっていた。山の上の南でトタンを強くこするような音、懐中電灯の光の先に山羊を一回り大きくしたくらいの鹿一頭、高さ7、80㎝のトタンと1m20㎝の針金製のフェンスの間でもがいている。ハッサン、必死の声で吠えたてる。私は急坂を息を切らせ登った。闇に鹿が消えた。黒く重い影が柵からこちらに飛び出た。西北へと走った。私達は追った。ガチャ―ンとトタンの音、鹿はまたトタンとフェンスの間に落ち込んでいた。たまたまそこはアライグマに何度も侵入され弱っていて鹿は杭を倒しフェンスを捻じ曲げ潜り抜けて雑木林に去った。
 
 これでけっこう自信がついた。あんがいこの粗末な柵も有効なんだ。杭を深く打ち、トタンとフェンスを地面と隙間なくしっかりと固定しさえすれば。もう一つ、これらと重ねて張っていた高さ2mのノリ網も重要だ。これがあったからこそ鹿は飛び越えられなかった。逆に、この網を支える支柱を折り飛び越えて、窪地の畑に侵入している。それから数日、竹を切ってきて、支柱を補強し、網をピーンと張りなおした。
 
 さて、この頃、沙耶さん(27歳、福岡市から)と一週間、生活を共にした。スラリと少し小柄、こちらの話を全身で聞いてくれる。笑うと目が上弦の月のようになって優しくキラキラと光る。妻のノンと同じ大学卒とかで二人すっかり打ち解けて、晴天続きの小春日和のなか、草取りや赤ソラマメの種まき、枝豆の取入れ(葉を食われたにしては豊作)、人参の間引き(こちらはわずかの被害で青々と育っている)等々、話が弾みすぎて手の動きが鈍ることも。なにしろ初めての体験で体もそう頑丈ではないようで、仕事はそれほど進まなかったが、その感性がいい。ノンが心を込めて作った野菜・卵料理を、いかにもシアワセといった表情で食べてくれた。特に朝の玄米と呉汁が気に入った様子。
 
 ユズの収穫の日も気持ちのいい秋晴れだった。ノンと彼女とその鋭い棘を潜り抜けちぎった実を、コンテナいっぱい両腕に抱え家に運んできた。息を弾ませた一生懸命な表情を見て、ふと私達がこの地で暮らし始めた頃を思った。
 
 11月に入り、久しぶりの恵みの雨、ようやくかつお菜、ターサイを移植、小松菜の最後の種まきもできた。その翌々日、彼女は福岡に戻っていった。
 
 
 このところのコロナの急速な感染拡大で、さすがにウーファーさんの来訪はとぎれた。札幌、東京、福岡と密集都市で暮らすわが子たちは帰ってこなかった。それにしてもこの年末年始の寒かったこと。
 
 1月8日(金)の未明、目が覚めた。静けさに時が止まっていた。トタン屋根に舞い降りる雪の気配が聞こえた。闇の中、窓を埋め尽くすように白い線が流れていた。7時前、明け始めた。青白い闇に雪の白が一面浮き上がっていた。久しぶりだ。こんなに一点の濁りもない世界は。土間を出たハッサン何のためらいもなく雪の面(おもて)を駆け登った。20㎝くらいか、長靴に白い粉が入り込んでくる。栗山から上の雑木林に入ると、その黒と白とがくっきりと際立つ。木々と雪が一体になっている。ぞっと震えるほどに深々とした冷たさだ。
 
 この夕から翌朝、さらに冷えた。雪は30㎝近い。風呂場、丸太小屋……土間の水道以外は全部凍った。日中も温度は上がらず、断続的に雪が横なぐりに流れた。重い灰色の空と宙を無数の白い点が覆った。とうとう40㎝を超えた。初めてのことだ。面(2次元)ではなく海(3次元)だ。その雪の海をハッサン、クジラかイルカのように雪を吹きあげ泳ぐ泳ぐ。雪はさらさらと軽く美しくおいしそう。これだけかき氷があったら、世界中の子どもたちが集まってきても食べ尽くせないかも。
 
 その翌10日、なんだか小さくなったなと思ったら、飼料小屋の屋根半分が雪の重みで落ち込んでいた。桁の丸太が折れたり、柱がずれたり。とりあえず別の柱で支え、かがめば何とか作業できるようになった。
 
 11日、ようやく寒さは緩んだ。雪もじわじわと緩み始めたが、畑の雪を除こうとするとまるで分厚い氷のかたまりだ。その下のかつお菜もターサイもほうれん草も、しっかりと生きていた。少し疲れた風だが緑が濃くなったような。人参も大根も寒にやられていない。鶏たちにも4日ぶりに青草を運んだ。
 
 わが五右衛門風呂は、いつもノンには申し訳ないと思うが、とにかく寒い。でも最高だ。湯につかると目の前に、幾重もの雪の帯に埋もれた梅の木が見える。まるで雪の野の露天風呂だ。底からじんわりゆるゆると薪の火のぬくもりが湧いてくる。この厳しい何日かを、どうにか生きてこれたと身も心も緩む。
 
 どうしてこう雪の日は酒がうまいんだろう。どぶろくはもちろん、清酒の燗も冷やも、焼酎の生も。ロシヤ人の心情がわかるような気がする。ウオッカをグビッと喉に流しこんだその火照りが胃袋の底でクワッと渦巻く。
 
 雪のおかげで更に野菜が滋味深くなった。ほうれん草の澄んだ甘み、人参のてんぷらと大根おろしの小気味いい甘と辛、豚汁のごぼうの土くさいぬくもり……少しだが日が長くなった。うすい夕闇に、丸く緩んだ雪の野が寒々と横たわっていた。
 
     完
 
      2021年1月11日

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