風、きらめく2

重松博昭
2024/06/04

 3月4日朝食後、鹿に倒された北西、南西、南の柵(トタン・金網・金柵・ノリ網、高さ2m前後)を起し、杭(竹あるいは木)を打ち込んで支え、ノリ網を張り直した。その夜から本格的に雨。翌4時半、起床、小雨が残っていた。昼前、卵取りに。この春は雨が多い。草の出も早い。山の黒土一面、澄んだ緑が湧きおこっている。鹿4頭が入っていた。私を見て例によって風のように走り去った。幸いキャベツも人参も被害なし。ネギ類、ニンニクは彼らの口に合わないよう。ビワと八朔は少し、酢みかんの若木の葉はごっそり食われていた。
 昼食後、とにかく柵だ。死活問題だ。日常的に鹿に侵入されたら、占領されたも同然だ。食い物ができない。生きていけない。まず杭を作らねばとヨロヨロと重い足腰で柵を超え北隣の竹林に向かった。柵の外は雑木林だが地面は丸坊主でまともな草一本もない。おおかたが椿の木でひょろ長い新登場の雑喬木がちらほら、樟の大木と柿の古木が何本か。柴の類やカシ、クヌギ、コナラはいつの間にか姿を消している。幼木の葉を片っ端から食っていくので、鹿の嫌いなものだけが残ったのだ。いつも散歩する西上の雑木林は一見濃く暗い常緑・落葉樹林だが、細長く高い部分にしか葉が残っていないのが多く、幼・若木は見かけない。立ち枯れの木やむき出しになった太い根や根こそぎ倒れた巨木がやたらと目につくようになった。明らかに鹿と、山中を掘りかえしている猪等が増えすぎているからだろう。つまるところは山里を放棄しようとしている我々人間の責任なのだが。この砂漠のような世界から雑草園を見るとまるでオアシスだ。柔らかな緑の生命にあふれている。鹿が入りたくなるのも無理ない。彼らも生きていくのに必死なのだ。

 竹林に入って一層気が重くなった。数年前から強力な除草剤を投じたのだろう。茶色に朽ちた竹の群れがてんでに斜めに交錯しやはり除草剤で枯れた茶色の草はらにうち倒れている。かろうじて黄緑色を残し何とか使えそうな竹を10本、鋸で倒し、枝を落とし、2本ずつ抱え引きずって降り続く雨に緩んだ山の急斜面を登った。南西の奥の柵が二か所崩され、それらに続く西側と南側の柵もどこが破られてもおかしくない。1haほどの雑草園を囲む柵のほぼ全部がそう。雨脚が少し強くなった。灰色一色の天を仰ぐと雨粒が目に入った。なんとしても最低限だけはと、1メートル強に切った竹をボンゴシで打ち込んでいく。しばらくして、きついのはきついが少し手足が軽くなる。身体が温まり気力がちょっぴり甦ってきた。翌7日も終日灰色の空の下での作業が続き、全部の三分の二ほど応急処置はできた。夕方、ぐったりとしかし心地よい疲れを引きずって坂道を下っていると、下の畑を北の外から覗く一頭の堂々とした茶色の鹿がいた。まだこの辺りは補強ができていない。だが体力も気力も残っていなかった。明日は明日、どうにかなるさ。その翌朝、やっぱり下の畑のほうれん草がほとんど全滅。こうなるとあせっても仕方ない。長期戦を覚悟しなければ。少々の被害など気にせず、鹿の教えてくれる柵の弱点を少なくとも一二年は持つようにしっかりと修理・補強していこう。下の畑の東側の柵には竹とつる性の草がまといつき、分厚い壁になっているように見え少し油断があった。逆にそれらに柵が倒されていた。その竹と草を鋸と鎌で除き柵を起し、残る竹と柵を紐で結び付けて補強した。根の深い竹は打ち込んだ杭よりよほど強い。畑の竹は出てすぐを徹底的に切り除くが、柵の際だけは残す。うまくいけば自然の竹柵ができるというわけ。8日は南側のくぼ地の急斜面の柵から、10日は北西の鶏小屋跡の柵から入られたが、朝早くから見回っていたので、野菜・果物の被害はなかった。しっかりと直した。内心では永遠に彼らとの付き合いが続くのではとうんざりしかけていたのだが、意外にこの後ばったりと来なくなった。

 ようやく5月15日と29日の白内障の手術・一か月の療養のための準備を再開できた。雨の日はひよこ小屋の壁や戸や止まり木作り、止んだらトタン壁や金網張り等。晴れ・曇りのときはジャガイモの植え付け、ほうれん草・春菊・ゴボウ・レタス類の種まき、玉ねぎとニンニクの草取り。多雨のせいだろう。玉ねぎは病気のよう、葉に生気がない。米ぬかと小米、発酵土を飼料小屋に一か月分運ぶ。鶏小屋の整備、これはまったく不十分、というか鶏の世話全体がなかなか合理化というか楽にできない。全部が肉体仕事の重労働だ。たった150羽でも。私のような半人前の男性や細腕の女性にとっては。4月半ば、茶摘み。薪の火に鉄鍋をかけ、しんなりと縮んだ熱い葉をもむ。とことんもむ。
 今年は事が多い。ジャガイモの芽が出ない。毎年必ず出るので、ろくに点検しなかったのだが、よく見ると種芋が土から出て転がっている。枯草や堆肥の下など畑のあちこちが引っ掻き回されている。アライグマがミミズを漁ったのか。このところ家の周りにも出没して、先日の深夜、トラ次郎が敢然とテリトリーを守り男を上げたのはいいが(ミーサはさっと屋根の上に避難)、深い傷(牙か)の膿が止まらず、抗生剤の注射の世話になった。連中、夜行性で姿を見せたことはなく、荒らされた畑と丸く深い足跡だけが残る。
 久しぶりに晴れた午前中、ズルズルの通路に敷くため落ち葉・腐葉土を両手で集めていると顎にチクり、枯れ枝の棘か、つかむとぐにゃり、ムカデだった。即座に放り投げ踏みつけた。土間に帰りアロエ液をつけた。数年前刺されたときはガクーンと心臓が唸るショックと痛みだった。気を紛らわすために動き続けた。なぜか1時間が過ぎてもさほど痛まない。2、3時間後には顎が痒くなってきた。そうなるとムカデさんに申し訳ない気分になる。こちらに突如侵入されてのささやかな正当防衛だよね。せめて埋葬してやろうと現場に行ったが影も形もない。草や枯れ葉がクッションになって潰されなかったのだろう。          
互いのために以後気を付けよう。  続く                              2024年5月27日

 

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