いつのまにか 秋

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いつのまにか 秋
zeikomi
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 この地に来て42年、こんなにもまじめにしかも甲斐のない栗拾いをさせられたこともない。夜が明けるのを待ち構えるようにして裏山を登る。一面に浮き上がるミゾソバの緑が透明な光を含んでいる。目当ての栗の木に近づくとやっぱり、灰色がかった土色の鹿、3匹、角はなく大きめの山羊くらい。侵入してきたというより居るという風、自身の生活の場に。怒鳴り声を上げると空気のように姿が茅林へと消える。ちょっとお隣りへといった感じ。

 猪の親子の場合はドドドーと栗の実を求め突入、こちらの気配を感じるとドドドーと退散していく。あとにはそいだようにきれいに実のなくなった皮の全形だけが散らばっている。実と思い拾うとたいてい皮だけ、握った手の平から力が抜けていく。鹿は皮ごと食うのでイガしか残さない。

 日に3、4回栗拾いに行くと、しばしば鹿が悠然と立っている。実が落ちるのを待っているように。どうも主に夜は猪、昼は鹿と分担が決まっているようだ。これではこちらには回ってこない。仕方がないので開いたがま口のような赤茶に熟れたイガを叩き落した。長く重い竹竿を重力に抗して振り回すと、首筋から背中、横腹にかけてねじれた疲れがたまる。

 

 今年の夏は暑かった。そのうだるような夜にこんなにも勤勉だったこともない。アナグマかアライグマか、連夜何度もハッサン(雌犬、6年9ヶ月)が吠え黒々とした茂みに走る。私も懐中電灯片手に出動。1ヶ月雨がないので茅やアワダチ草等の丈の高い雑草達がカサカサと力がない。すでに侵入者の姿はもちろん音も気配さえない。翌朝、見回ると、柵の下の地面に穴。それにしてもあたりには雑草と実のない柿の木2本、焚物用の古材の山だけ……何のために。どうも彼等はうちが1年近く前ノリ網で囲ったこの一帯をテリトリーとしていたようだ。確かに茂みの奥や材木の下などすみかに恰好かもしれない。そうなるとこちらも徹底的にやるしかない。鶏小屋の廃屋から取った金網をノリ網に重ねて張り、地面との境に隙間なく重い角材を並べ、さらにブロックを乗せた。

 その2、3日後の夜、ハッサンの声がいつになく切羽詰まっている。長靴・作業服でバットと懐中電灯を持って外に出た。材木の前の茂みの中、草を踏む音も鼻息も荒い。どうもアナグマ等よりかなり大きい。ハッサンがけたたましく吠える。姿の見えない敵も逆襲の唸り声を発している。えーいと、ともかく私は2、3歩踏み出し、バットを振り下ろした。草と土を激しく打った。2回、3回、何かかすったような気がした。その直後、大きな白い塊が暗い宙に浮かび、まるで走り高跳びのようにドサリと横っ飛びに柵を越え闇に消えた。ハッサンはなおも吠え敵がいた茂みに突入、小さな四角の革袋のようなものをくわえ出てきた。よく見ると猪の子、うりぼうだった。もう死んでいた。

 以後この一帯に猪は来なかったが、アナグマ・アライグマとのせめぎあいは続いた。今、9月下旬、ようやく収まったかな。1番金もかからず確実な方法。ホームセンターにあるビニール製の細かい網をノリ網と重ねて張る。杭は竹。下部にさらに古トタンを、さらに地面に古材を並べ、その材木にトタンと網を打ち付ける。

 疲れるのは疲れるが、なにか心打たれる。彼等の懸命に生きる姿に。なにより「文明の利器」・「マシーン」に頼らず操作されず、身一つで生きているのがいい。ただ生きるために食を得ている。それ以上は求めない。よりリッチとか勝ち組とかナンバーワンとか……。害意などない。集団を組まない。殺しを目的とするなど、集団と集団の殺し合いなどあり得ない。自身の豊かな生きる場を放棄、破壊して、他を侵略・収奪することなどない。要するにこちらもこの地に根付いて本気になって生きていることを示さねばならない。彼らと共存するためには。

 

 春の終わりからざっと5ヶ月、Ms.アンネ(ドイツ、21歳)が暮らしを共にしてくれた。長雨、猛暑、動物たちとのお付合い……と結構困難なこの時期、後片付け、草取り、鶏の緑餌やり、畑の肥料入れ、種まき、移植、ゴマや銀杏等の収穫などなど、黙々とまるで空気のように私たちを支えてくれた。特に体調不良が続いた妻にとって彼女の存在は救いだった。ハッサンを毎夕散歩に連れて行ってくれた。いつもハッサンは彼女のそばにいた。 

 アンネは10月上旬、故国に帰る。一気に寂しく、季節は厳しくなる。ストーブ用の薪を大量に用意しなければ。

 年末には中国人女性が来てくれる予定。妻は中華料理を学ぼうと早くも目を輝かせている。翌1月にはデンマークから男性、かなり長期になりそう。この際、栗山を柵で囲い、わが雑草園のテリトリーを確立しようと思っている。 

 よく雨が降る。梅雨のような生暖かさ。それでもイヌタデ、ヨモギ、ヨメナ等々が実や花をつけ、全体に緑が秋色に薄れ始めている。しその青い実の房に小さな滴のような白い花がはらはらと流れている。

 まだ鹿や猪たちから栗のおこぼれを頂く日は続いている。

                  2016.9.29