「五島、生命の里へ」中

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「五島、生命の里へ」中
zeikomi
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 朝食後、中学の部活動(バスケット)に出かける普(あまね)君が先導して、ペロ太(ペロはスペイン語で犬の意)と妻のノンと私と散歩に出かけた。5月5日(金曜)、曇り。3、4分で左にビニールハウスと畑と民家、この広の谷集落の唯一の隣家。ペロ太君はこの畑に遊びにやって来るため、自由の身から一転して終日つながれることになったとか。歌野さんの田や畑もあちこちにある。電柵も。ここも猪や鹿が元気なよう。大麦の青は鹿に食われたのか元気がない。

 しばらく歩いて左側に登りのカーブ、左手深く清流、川岸には青々と木立、その上は傾斜の緩やかな広々とした草原……この元段々畑が、歌野さんたちが構想し、実現に向けて着実に一歩一歩進めている「ひろんた村」の中心になる。周りは新緑あふれる山々の群れだが、高い山はなく、日当たりがよく開放的。それにしても静か。この「村」の中核施設である、デイサービス併設の有料老人ホーム・ひろんた村「母屋」(敷地約千坪)の建設が、遠からず始まるとは思えないほどだ。

 歌野敬さん曰く「自立自給を基盤とした支えあう村」「介護事業を外装しながら、実体的には家畜を飼い、田畑を作り、さまざまな食品加工をし、炭を焼き……」

 気の遠くなるような煩雑な様々の交渉・事務手続き・経理をこなし、それなりに人材も集まり、きっちりとNPO 法人を立ち上げ、土地を確保し、資金(ざっと6500万)調達の目途も一応たて、ある程度メジャーな対社会的にも説得力のあるものができるということは、やはりすごい。メジャーであることが必要なこともある。この社会を動かしていくためには、やはり多数に訴えていかねばならぬ。マイナーの見本のような私もそう思う。こんな年寄りと若者と子どもとが共生する「村」が、全国津々浦々で誕生し、都会から山里へ「民族大移動」がおきたら、さぞ面白かろう。

 啓子さん曰く、自然や風景になじみ溶け込んだ「家」、「終の棲家」、「最期の寝床」。それは私のものであり貴方のものでもあるという……。

 尽きるところは、一人の人間が生き死ぬこと、他者との関わり合い……なんですよね。

 さて、急な登りも、あまね君は足が軽い。全身バネ。ペロ太も疲れを知らない。しょっちゅうノンや私にじゃれかかってくる。あまね君、それを兄のようにたしなめる。こちらのことも「ぼくに付き合ったら大変だよ。」とそれとなく気遣ってくれる。毎朝彼の速足でざっと20分バスが来るところまで歩くとか。その忠告に従い、途中で彼と別れ私達は戻った。

 歌野家の前の傾斜を下ると、前述した清流の続きが流れている。その向こうは急傾斜のうっそうとした常緑樹林。こちら側のあちこちに、何十本か、丸太が雑然と転がっている。3メートルから数メートルの長さ、けっこう太い、元が40センチくらいか。「母屋」建造のどこかに使われるのだろう。ほとんどはスベスベと裸。残りの皮むきがこの午前中の仕事だった。睡眠不足の私も、日陰だし、膝をついてマイペースでやれるしで、なんとか敬さんとあやさんについていけた。ノンは啓子さんと畑仕事。

 午後、しばし休んで、時折の雨の中、敬さんが車で「頭ケ島天主堂」に案内してくれた。隠れキリシタン達が、迫害が終わって、自ら切り出した砂岩を積み上げて造った石造りの教会堂。その教会堂を囲むような海岸の曲線が、どこまでも広がるであろう海が幾つもの小さな島に切り取られるその線が、しみいるような美しさだった。

 帰りに魚屋さんに。ここの店主は魚を見ただけで、漁師さんの誰が取ってきたかわかるとか。あやさんの自然食品店にも。どうということもない静かな通りの、なんということのない四角の建物の、その裏。通りすがりに、この店に入る人がいれば、よほどの嗅覚の持ち主だろう。中はほどよい狭さで雑然とシンプルで温か、ほっとする。あやさんの笑顔も。何時間も座り込んで話をする人が来るのでは。フェアトレードの品も揃っている。

 夕食は、やはりまず自家製焼酎をあげなければ(ノンに言わせれば超新鮮な刺身だろうが)。それも米焼酎、米の滋味のする米焼酎に初めて出会った。なんとも優しいやわらかさ、きつい刺激やアルコール臭がない。難点はいくらでも入ること。また刺身によく合う。生きのいい魚のほのかな甘みを包み込む。あとサザエの炭火焼き、それに馬鈴薯の揚げたの、アスパラガスとさやえんどうの天麩羅等々。後から聞けば、自家製椿油で揚げたとか。ろくに味わいもせず食ってソンした。

 早々に眠りの底に沈んだ。夜中、トイレに起きると、屋根をなでる雨の音。再びすぐに眠りに入った。夢の中にペロ太の吠え声が。鶏飼いの性、わずかの異変でも目が覚める。白く明るくなっていた。必死の鳴き声に変わった。玄関から出た。灰白色の空、冷たい雨が降っていた。犬小屋のすぐそばに、荒々しく毛の逆立った中くらいの猪がいた。ペロ太、健気に立ち向かっているが、猪はわなわなと唸りながら忠犬の奥の倉庫の中をうかがっているよう。私は「クゥオラー!」と精一杯の声を張り上げた(こちらに突進してこないよう祈りながら)。敵は一瞬の静止の後やおら走り出した。黒々とした後姿が雨を弾いていた。その筋肉の塊は、あっという間に裏山に消えた。

 

              続く     2017年6月25日