二年越しの懸案が意外にあっさりと片付いた。1月末から乾いた厳しい寒さが続いたおかげだろう。2月1日の早朝も-2度、日が出て寒さが緩んだ。昼過ぎ、山小屋への道を登っていると、左端に水の流れた跡が続いている。このところ雨は降っていない。残念ながらわが雑草園には湧き水・流れ水はない。中途半端な小山の群れに囲まれた小高い傾斜地で、深い山々の水脈とつながっていない。ピンときた。一旦下って、午前中の洗濯の後締めていた水道の元栓をあけ、坂道に戻り、草をかき分け土をほじくると、やはり、水が流れている。スコップでその流れの奥へ奥へと掘り進み、丸太小屋の前の水道管にたどり着いた。接合部分のL字管が外れ水が吹き出ている。二年余り前から水道管から水が漏れていた。蛇口は閉めているのに水道料金のメーターは回り、料金が3倍4倍になる。どこからか、あちこち掘りまくったが、どうしてもわからなかった。とうとう見つかった。この接合部分のわずかの隙間から水がちょろちょろと漏れ地下に染み入っていたのだ。それがこの寒さで凍り付き外れたのだ。
水道管をつなぐ作業は私のようなド素人の不器用者でもできる。ビニール管の水分やゴミ等をきれいに除き、接着剤を塗ってつなぐ。できるだけ水平・垂直にまっすぐ。ゆがんでいると水漏れが発生する。うちは全面土なので、この50年あまり私が配管・修理できたが、コンクリート下だとお手上げだ。
さて、原因不明の水漏れを止めるには元栓を締めるしかない。幸い、下の住家と山小屋・丸太小屋とは水道管は分かれていてそれぞれに元栓はある。上の五右衛門風呂のための太陽熱温水器に水を上げるのと、風呂と洗濯にどうしても必要な時だけバブルを開けた。あとはできる限り雨水を使った。風呂、洗濯、食器洗い……軒下に元風呂桶やポリバケツをおくだけ。屋根をきれいにすれば無色透明の天水がたまる。ざっと年間の半分ほどはボウフラも湧かない。まめに水槽を洗えば夏も使える。ちょっと油断するとボウフラどころかオタマジャクシがうじゃうじゃということもある。でもカエルがうじゃうじゃとはならない。生き残るのは相当困難なのだろう。周りは天敵ばかりだ。へび、イタチ、テン、ねずみ、猫、アナグマ、カラス……。久しぶりにまとまった雨が降った日など、屋根から分厚く勢いよく落ちた天雨が水槽を生々と流れ出る様はまるで滝、山奥の谷川に浸かった気分でザンブと顔を洗う。夏など、満々と水のあふれる風呂桶の中に飛び込みたくなる。
2月はまさに3寒4温、零下の日もあったが、野や畑のオオイヌノフグリ、ハコベ、キツネノボタン、三つ葉等々がじわじわと伸び広がり始め、晩秋にまいた小松菜とチンゲン菜が食べごろに伸びた。晩生ほうれん草はまだまだ。キャベツは寒さに縮こまったままだ。
2月21日昼前、Mrジム(64歳、アメリカ)を迎えに筑前大分駅に車を走らせた。正直、気乗り薄だ。アメリカと聞くだけで(イスラエルも)吐き気がする。どれだけの重い血が流されていることか。自身のあまりの無力さ、部外者ぶりに呆然とするばかりだ。米の「パートナー」のつもりの日本のどうしようもない現状にも。彼は190cmの100㎏、巨漢というより偉丈夫、昔々ハリウッド映画によく出ていたわき役、知的でタフな中高年のイメージ、総合病院の外科部長とか銀行の上役とか警察署長はたまたマフィアの小ボスとか。目は優しい。車に乗るなり映画そのままの調子で錆びある声で流れるようにしゃべり始めた。もちろん英語で、もちろんさっぱりわからない。「わしは英語忘れたとよ」と片言英語で言うと、これは通じたようで以後静かになった。
すぐにモモ(3、4歳の雌犬)とは仲良しに。ノンは久しぶりの英語で何度も聞きなおしながらも徐々に頭が回転し始めるよう。英語が嫌いと言いながら身に入っている。昼食後、とう立ち寸前の畑の大根を全部引き上げ、畑に陰を作っている雑木切り。いたってまじめ、動きは確か。夕方、さて、五右衛門風呂は? 健気にもチャレンジしたが、巨体が湯船に入りきらなかったようで早々に出てきた。そもそも風呂そのものが初めてとか。以後、無理しないで下の家のシャワーを使うことになった。ノンとも私とも気が合った。何しろ筋金入りの反トランプ、アメリカ社会そのものにも違和感が根強いようで、カリブ海のコスメル島(メキシコ)で悠々自適だとか。
彼が来て春が歩き始めたよう。ピースも少し伸びてきた。ノンが斜面の竹を切り、ジムが運び込んできたところで、折よく春雨、がっしりと硬かった畑の土がじんわりと緩んだ。午前中は鶏小屋の肥料を袋に詰めてもらった。屋根が低く窮屈だったろうが精力的にこなした。午後、小糠雨の中、ジムと私とピースの杖の竹をググっと腰を入れ突き刺していった。畑の北端に咲く椿の花々がようやく目を引くようになってきた。その紅が雨にしっとりと浮かんでいる。
朝の玄米も味噌汁もキムチも、昼の自家製玄麦パンもチャンポンもピザもカボチャカレーも、おでん、オムレツ、バラ寿司、いなり…きっちりと時間前にテーブルにつき、うまいうまいとよく味わいながら残さず食べてくれた。
会いもしないのに国、民族等々で嫌ったり敵と決めつけるのは根本的に間違っていると深く反省した。国とか民族とか企業とかを背負っていない、ただの一人一人だったら、それもコンクリートではなく土の上だったら、なんとか異と異とが共存できるのではと再認識した。
2月末、ジムが去るころから、小松菜・チンゲン菜のつぼみがすっくと立ち始め、晩生ほうれん草がみずみずしくしっかりと伸びた。野一面を覆う初々しい緑がまぶしい。その緑に散る椿の紅が生々しい。もうすぐ夥しい花々が咲いては散ってゆくのだろう。
紅い雨 緑の海に 流れ往く
完 2026 春








