落ち葉のように

重松博昭
2014/01/08

 12月上旬、晩秋か、初冬か、無理やりにも秋と思いたい。あまりにも私が一番好きな季節が短い。春・初夏の緑が生命の過剰だとすると、秋の黄・紅葉はその浄化だろう。だがその黄金期は例年にも増してあっけなく去り、落ち葉の時季になってしまった。
 これはこれで私は好きだ。いつもだらけ気味の心身には引き締まっていい。早朝の突き抜けるような山の気、雑木林は一面、荒い削り節のような茶褐色の落ち葉。ハッサン(満4歳、雌犬、ラブとビーグルのミックス)が軽々と谷間へ駆け下りる、その乾いた落ち葉の響きが小気味いい。20分も歩くと、身体の芯からじんわりと暖まってくる。山の絨毯に埋もれるように大の字に横になった。日の出前の海のような天空、常緑樹の鈍い緑に、大きな花びらのような白い枯葉がいくつか浮き上がっている。 
 所々に枯れた木が立ったまま残っている。鋸で切り倒し、引きずっていく。乾きすぎていてポキポキと枝が折れ落ちる。いつの間にか現れたハッサンと共に雑木林から出ると、わが雑草園。アワダチ草・葛・ミゾソバ等は枯れ、一面丈の低い冬草。黒々とした栗やユリノキの幹と枝が天に伸びている。少し下ると、トタンと海苔網に囲まれた15アールほどの畑。この柵のおかげで今年はまだ鹿、猪、穴熊の被害はない。大根、ネギ、カツオ菜、人参等の濃い緑がまぶしいほどだ。ごぼうは枯れかけているが、肝心の根は春まで持つ。ヤーコンの葉も黒々と朽ちたが、地下部は寒さに強いようで、気が向いたとき掘る。見かけはさつま芋そっくりだが、食感は梨に似て、生で食べてもほんのり甘く爽やか。
 畑のすぐ下が、だだっ広いトタン屋根、わが掘っ立て小屋だ。ありがたいことに、せいぜい20年と思っていたのが、30年以上も生き延びてくれ、あと10年は持ちそうなのだ。
 私にとって重要なライフテーマだ。家はボロでも人は豊かに暮らせるのではないか。むしろ必要十分を超えてリッチに、過剰になればなるほど、生きることが重くなるのではないか。(なにが必要十分かは人それぞれだろうが。)自然から、生命から隔離されてしまう。クリーンでピッカピカでなければならなくなる。汚れる自由が奪われてしまう。
 生きることは汚れることだ。例えば料理、麹、味噌、どぶろく、白菜漬け、沢庵・・・パン、うどん、餃子・・・コロッケ、天ぷら、焼き秋刀魚・・・。例えば子育て、遊び。唐突だが読書も。40年以上あちこちの図書館にお世話になったが(公共物を大切にする気持ちは人並みにあるつもりだ)、返す本が汚いと注意されたのは初めてだ。それもこの数ヶ月に三度、同じわが町の図書館で、別々の館員さんから(いずれも感じのいい女性)。行き過ぎたクリーン志向は、本が本当に必要な生活者を図書館から遠ざけるのではないか。
 どこまでもクリーン、安・楽を求めるのではなく、日の光、風、木々、土、水・・・を存分に生かした住を目指したいものだ。ある程度汚れ、チリ、暑さ、寒さも必要なのだ。
しかしこの冬の寒さは応えますねえ。12月の後半に入って、一気に空が暗く重くなった。寒気が痛いほどに鋭い。山全体が底から冷え切ってしまった。その日は早朝からみぞれだった。青い闇に蛍のような氷の光が次から次へと流れ落ちていった。
 年をとるにつれ、雨漏りや強風もだが、寒さがより脅威になってきた。なんとか住みかを改修しなければ。珍しく真剣にまず隙間をふさぐことから始めた。なにしろ誰にも頼めない。私しかできない。あまりにも無手勝手、行き当たりばったり、ツギハギだらけ、誰がこんな不細工な小屋をと呆れるばかりだ。いちいち手を止めてどうするか考えなければならない。途方にくれることもしばしばだ。ところがこれが面白いのだ。例えば床の一部を張り直すとき、あちこちから拾い集めた板切れや合板の切れ端が、ピタリと合うことが結構ある。先日はなんと古畳がきっちりと入ってくれた。まるでジグゾーパズルだ。もちろんいつもこんなにうまくいくわけはない。最初は大きすぎる畳を鋸や鉈でぶっ切った。あまりに労多く、以後はまず畳を敷けるだけ敷いて余白を板で埋めた。
 しかし勝手気ままに遊び、すべて自業自得の私とは違って、否応なしに長年ボロ屋に付き合わされてきた妻には、つくづく申し訳ないと思う。せめてもの罪滅ぼしに、今回はわが家の歴史上初めてまともなベニヤ板と断熱材を購入、少しでも暖かくしようといつになく殊勝な私なのです。

 年の瀬も迫って、落ち葉はよりフカフカに、木々は軽々と空になった。冬至は過ぎ、だんだんに日が長くなってくる。死と再生のときだ。願わくば、巨大マネーに支配された国家と国家、民族と民族、幻想と幻想の闘争、破壊ではなく、大地に根付いた異と異の共存を。この地球の生命の再生を。

追伸   もう一つ願わくば、この寒さ、緩んでくれませんかね。土間の薪ストーブ、もう限界です。             
     青い雪の恐怖の美しさ  12月29日

追の追   願いが叶いました。大晦日の夕、秋のようでした。元旦の朝は春のように穏やか。

皆様、新年、明けましておめでとうございます。  2014 1月1日

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