青空の雫(しずく)

重松博昭
2019/02/28

 野菜のとう立ちが早い。二月になるかならないかのうちに、カブ、大根、白菜、チンゲン菜、彦島菜,ターサイ……ほうれん草も真ん中に芯が立ち始めた。それでも、これら冬野菜が一番おいしい時季だ。寒や霜のおかげで奥深い甘みがとろけるよう。特に彦島菜(鮮やかな緑の半結球菜)、毎朝のようにみそ汁に入れる。強火で一気に炒め、煮えたぎるだし汁を注ぐ。高音の油と熱湯が弾けるようにぶつかり、香と味が豊潤に。歯ごたえがシャキッとやさしい、ほのかな澄んだ甘み。

 この種が手に入らないので、去年から採種し始めた。畑に放っておけば、菜の花になり、さらに菜種ができる。これを絞れば菜種油になる。四十年ほど前、二、三アール菜種を作った。日に干し、叩いて種を出し、風にサヤや茎などを飛ばし種だけを残す。これを油屋さんに持っていき、一斗の赤油に。この油は文字通り少し赤茶色、一切の薬品を使わず、ただ圧搾し出てきた液の上澄み、種全体のエキス。サラダオイルとはちがい、香も味もある。ドレッシングやマヨネーズはクセが気になるが、テンプラでは野生的香ばしさと油そのものの味が生きてくる。特に人参やゴボウなど個性の強い野菜に合う。

 さて、彦島菜の種だが、なにしろ大根、白菜、チンゲン菜……野生化したカブ菜やカラシ菜もみなアブラナ科でほぼ同じ時期に開花する。種が混交しやすい。とりあえず雑草園内だけでも、他のアブラナ科は花が開く前に引っこ抜き、鶏小屋に運んだ。とにかく種を採り、まいてみた。結果は三分の二ほどが立派な彦島菜に、あとは「野生菜」、鶏たちが競い合ってつついた。

 現在、自家採種しているのは、他にゴボウ、ゴマ、赤ソラマメ、いんげん、もちきび、ヤーコン、ネギ、つるむらさき、里芋、バレイショ、カボチャ、キュウリ、甘瓜、へちま、オクラ、菊芋くらい。人参もできそう。今年はほうれん草、春菊、トマト、ナス、ピーマンなども、まずは実験的に。種がなければ命は芽ばえない。この農の、食の、生命の基でさえ、我々百姓から奪い、「巨大」グローバル資本が独占しようとしている。何をやってんの、国は。国民の生命を守るのが第一の役目じゃないの。原発だって国を守るためには即刻やめるべきなんじゃない。産廃もそう。生命の水を、それも地下水を汚染することは、現在のみならず未来の生命を破壊していることがわからないの!

 さて、鶏も毎年、実験だ。お年寄りがいつまで産んでくれるか。一般の養鶏場では一、二年で首になるそうだが、うちでは五年以上がまだ現役、といってもこの二、三か月はほとんどお休み。春になっても産卵を開始してくれなければ、卵は不足する。餌は最高なんですけどねえ。無農薬の玄米(中・小米)、米ぬかと腐葉土と耳パンと台所の残りと酒粕(ドブロクの)等々を混ぜ発酵させたもの、魚粉と大豆かすとカキガラ少々、それに青菜をどっさり。彼女らの復活を祈るばかり。

 枯れ木のような木立の中、梅の清楚な花々が吹き抜ける風にゆれ、小鳥たちが弾けるように枝から枝、花から花へ。バックの草原はすでに浮き立つような新緑だ。

 この二月前半は強力な助っ人に恵まれた。知靖君(日本、35歳)、引き締まった中肉中背、顔だちも。眼差しがキリリと光る。サラリーマンになる気がしなくて大学を中退したとか。農業を志し、最初は一般農家で働き、現在は「ウーフ」で日本各地を回っている。ほとんどこちらは何も指示しなくていい。というか、こちらが習いたいほど。何でも力強くそつなく誠実に。薪を切り、割る。大根を抜き、洗い、干す。畑の陰になっていた柿の木を倒し、短く切って積む。草を取り、集め、鶏小屋に運ぶ。ピースの杖立て、茶、グミの木の剪定、雨の日のクルミ割り等々。彼がいた一週間で一か月分片付いた気分。

 ハッサンとも仲良しに、いつも語りかける。シャイなニャン太郎は台所の水屋の上から緑の目でじっと見下ろす。トラ次郎は例によって夜な夜な丸太小屋通い。五右衛門風呂も焚くのも入るのも問題なし。ドブロクはうまそうに一合弱。毎朝、卵かけご飯、売り物にならない殻の薄い卵を、お年寄り鶏に感謝して。妻のノンが手塩にかけて作ったパン、カボチャスープ、豚汁、水餃子、寿司、ピザ……何でもおいしいおいしいときれいに平らげてくれた。

 話すのはボソボソと必要最小限、ときにズバリと本質をつく。彼もやはり現在の日本、そして地球の行く末にかなり危機感を抱いているよう。若者たちが政治に嫌気がさすように、政治から遠ざかるように、上の方々はむしろ仕向けているのではないか。私だって嫌気がさす。もともと政治、というより人間関係、社会、特に建前社会は大の苦手、学校、会社、官庁……。上にヘイコラ、下にオイコラのなれ合い社会とは付き合いたくない。でも黙ってたらドカドカと政治が土足で入り込んでくる。私たちの生活の中に。命に関わることに。前述した種の問題も原発も産廃もまさにそう。まずは声をあげよう。嫌なことは嫌だと。私たちフツーの弱い者ほど。烏合の衆でも負け犬の遠吠えでもいい。これでもまだ日本は議会制民主主義の国なのです。上も下も同じ一票なのです。世論調査に、選挙に参加しよう。白か黒かではなく、柔軟に、戦略的に対処しよう。まだまともだった自民党に戻ってもらうためにも、反自民に入れよう。

 

 二月半ばを過ぎて、早くも梅の花が風に舞い、野や畑の緑が一気に躍動し始めた。中でも、オオイヌノフグリの濃い緑が畑をびっしりと覆い、ちっちゃなちっちゃな青空のような花が一面に浮かんでいる。その可憐な花をじっと見つめると、真ん中に白い雲、豆粒のような深い深い青空に吸込まれそう。雲に乗って、青空を泳いでいるような……

                2019年2月24日

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