農を、ついでに老いを遊ぶ 3

重松博昭
2023/07/07

 5月4日、5時前起床、曇り、寒くない。トラ、昨日から丸一日帰っていない。午前中、ノンとハッサン、いつものコースを散歩しながら、あちこちを見回り誰彼に尋ねるが気配さえまったくなし。小野尾さんは梅の木の下を草刈り機で。私はジャガイモ畑の草取り・草刈り。
 昼食はノンが台から作ったピザ(手作りベーコン、玉ねぎ、パセリ、チーズ)、薪の火で炒りたて、挽きたてのコーヒー、ほうれん草等。「ピザもここで二年前食べて以来ですなあ。コーヒーがいい。よく合う」
 夕方もトラ、帰らず。ミーサ、ずっと外で待つ。10時過ぎ、ノンが床について、ようやくミーサも横になり落ち着いた。
 翌朝、4時過ぎ起床、曇り、トラ、いない。丸2日だ。ここ数年、夜には必ず帰ってきていた。ノン、一応の仕事はこなしているが生気なし。もう14歳、死に場所に向かったのか・・・私には実感がわかない。ミーサが来て、身体がしまり、動きが良くなったくらいなのだから。午前中、ポットに土を入れ、つるむらさき、モロヘイヤ、ニガウリ、えんさいの種を落とす。小野尾さんはキャベツ・ほうれん草畑の草取り・草刈り。
 ざるそば・卵焼き・野菜色々の昼食の後、掘っ立て小屋へと坂を登りかけた時、鹿・猪対策の柵越しのすぐ下のお隣の庭に、黄土色の丸っこいかたまりが見えた。トラがうずくまっていた。木戸を開きやや速足で近づいた。ぐったりと動かないが、しっかりと目を開きこちらを見ている。ここまでは何とか辿り着けたが柵を乗り越える力がなかったのだろう。大声でノンを呼びながら抱いて連れて帰った。少し軽くなったみたい。ノンが飛び出てきて信じられないといった表情でトラを見つめ抱きしめた。ミーサもハッサンも家の前に出てきた。
 翌6日、4時起床、雨。水は飲んだ。電気の入っていないコタツにじっと横たわっている。傷はないが左前脚が太く腫れている。11時近くなってノン、骨が折れているかもと不安がり、急遽、動物病院へ。小野尾さんには自分で空模様を判断してやれるときは草取りを、とお願いする。着いた途端に激雨、連れてきていたハッサンの散歩もできず、車中で待った。連休明けの土曜にしては早めの12時半前に終わった。点滴とレントゲンと血液検査と注射で13900円なり。骨は折れていない。マムシかな? 数日経過して、ノンと私の結論は罠だった。マムシだったらすぐに帰ってくるはずだ。咬まれた痕もない。数年前、犬のクロが罠にかかったときも何日か帰ってこなかったし、足が腫れていた。この近辺では、道路わきの草むら等に鹿・猪を捕えるくくり罠がかけられている。2、3日おきに猟師さんが見回り、犬や猫がかかっていたら放すとか。ともかく、時の経過とともにトラは着実に回復し、足の運びもスムーズになった。
 さて、この日の夕食はにら卵、冷奴、ほうれん草等、昨日の残りのニラ餃子。小野尾さんは雑草園での最後の夜、じっくりと杯を重ねながら「ここは自分のペースでやれるので助かります。緑に囲まれて独り汗を流し、ゆったりと風に吹かれていると本当に心が休まります」
 別に人助けでこうやっているのではなく、私自身が面倒なのだ。人にあれこれ指図し管理することが。逆に言えば人間関係過敏症、人のことが気になる。ちゃんと仕事してるかな。サボられたらこちらの損だ等々みみっちいことばかり考える。だからといって一緒に仕事するのも疲れる。こちらがいつもより真面目にハードにやってしまう。結局、自分のためなのだ。ほとんど任せっきりで好きにやってもらうのは。
第一、 私自身が気の向くままに好き勝手なことばかりやっている。農の醍醐味はこの自由勝手だと私は思う。これだけ何百年何千年も農の営みが続けられてきたにもかかわらず、これが唯一絶対だというやり方などない。最も基本的な土を起こした方がいいのか、草は取った方がいいのか、肥料はやった方がいいのか、でさえ諸説紛々というか、従来からあった一応の「定説」も近頃、あやしくなってきたような。この「定説」によれば、耕起と施肥(堆肥と化学肥料を適宜)は大前提で、草は生えないうちに取るのが上農、追われて取るのが下農とされるらしい。もう50年近く前、私たちがこの地に来てすぐ、下の下の下農、生えても取らない農法から始めた。次はいよいよ野菜が草に覆われる寸前に取る下の下農、もちろんどちらも失敗に終わったが、草に負けないくらい強い野菜(おいしい野草も含めて)もあることを「発見」した。三つ葉、セリ、ノビル、ワラビ、ぜんまい、カボチャ、はやとうり、菊芋、ヤーコン、タラの芽、シソ、はこべ・・・最近では花オクラ、この春ようやく気付いたのだが、どうも多年草のようなのだ。放っておけば翌春、地中の根から芽を出し、晩春にはたくましく葉を茂らせている。夏には毎朝、食べきれないほどの清楚な花をさかせるだろう。草を殺すのではなく、この限りない生命力を生かす。草を食べる、「採集」ということをもっと考えてもいいのでは。その一つの変形が山羊だろう。草だけ食べて毎日1ℓから3ℓ、7,8か月ミルクを出してくれる。
 このように気ままに50年近くも「実験」を楽しんできたが、現在は不耕起だが「自然」ではない農法に落ち着きつつある。これもたまたまの成行なのだが。要するに体力ががっくりと落ちて仕事が間に合わなくなったのだ。例えばこの冬、ジャガイモ畑の準備が進まない。草を取り肥料を入れ耕運機をかけ畝をたてる、のが苦になる。そこで畑の周りの最低限の溝は掘り、草を刈って敷き、肥料や枯草を被せた。これだけで3月、鍬で穴を掘り、種芋を埋めた。あと、適宜草を刈って敷いたり、肥料をのっけたり、ついでに手で茎に土を寄せたり。結論から言うと、例年の7割は収穫できた。この不耕起を続ければ数年先には土がふかふかになるかな。 続く  2023年6月30日

 

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