5月7日4時過ぎ起床、どんより。軒下に出るとかすかに雨音。明けて、だんだんに強く冷たい雨に。ようやく風邪の残り火が消えたよう。だるくないってことは何て楽なんだろう。何て軽いんだろう。餌やり、草やり、朝食後の卵とりと、とにかく汗をかいた時はさっと下着をかえた。小野尾さんは丸太小屋の掃除等。昼食は米の粉(精米した玄中米を製粉機で挽く)のお好み焼き、小麦粉よりモチモチかつ歯切れがいい。キャベツたっぷり、昨日のチャンポンも。初めてキャベツがまともに出来た。虫にもほとんど食われていない。柔らかく、すっきりした甘味。完熟堆肥が効いている。もちろん不耕起。
食後すぐに小野尾さんを大分駅に送った。
Wwoof(ウーフ)という世界的にネットワークの広がるしくみがある。直訳すると「有機農場で働きたい人たち」、その「ウーファー」さんに1日6時間以内働いてもらい、こちら「ホスト」は食・宿を提供する。お金は一切介在しない。この3年ほどは小野尾さんだけだった。やはりコロナは怖い。なにしろこちらは身一つで生きている。もし感染・発病すると鶏を養うどころか自分自身でさえ養えなくなる。ネットでの募集はしなかったし、何件か希望はあったが断った。再開したい思いは強いのだが。
十年ほど前から、日本各地はもとより、韓国、台湾、中国、モンゴル、ベトナム、タイ、オーストラリア……イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、スペイン、デンマーク……アメリカ、メキシコ……原則一人、時に二人組が雑草園を訪れてくれた。
娘のノエの勧めで、妻のノンが始めた。私は乗り気ではなかった。生来のしないですむならナーンニモしたくない質で、養鶏、養蜂、ウサギや犬や猫、果物、花……みなノンが始めた。小学校のPTAも子ども会の世話もゴルフ場反対運動も彼女が先頭だった。そもそも私は英会話が苦手。日本人だってアメリカに行けば英(米)語を話す(少なくとも努力する)。てめえらも日本では日本語を話せ、ともちろん口には出さないが。
最初は日本女性のあかりさん(24歳、看護師)、2009年5月下旬の夕刻、待ち合わせていた駅のホームに現れた彼女は、今すぐにでもどこか大都会にでも飛び立ちそうなピシャリと決まったワンピースにスーツケース姿。私は絶望的な気分になった。荒々しく繁茂する木々と草々に埋もれるように佇むわが掘っ立て小屋、土むき出しデコボコの土間、虫たち、ネズミ……蛇だっている。五右衛門風呂なんてとてもとても……翌早朝、小屋の前の原っぱに立つ彼女を見て、私は心底うれしくなった。長靴・長ズボン・長そでシャツに麦わら帽子の野良姿と彼女の笑顔が、四方にあふれる透き通った緑と一体となっていたのだ。鎌での草刈りも初めてだろうが腰がすわっている。鶏たちや8歳の雌山羊メリーやニャン太郎(雌猫、5歳)やクロ(雌犬、推定3歳半)とも心を開いて接している。食事・料理・後片づけも五右衛門風呂もまったく問題なし。
次のウーファーの松本君も、その次の洋子さんも、こちらの気が抜けるほどすんなりと雑草園にとけこんでくれた。洋子さんとは今も親しい付き合いだ。
この年の8月上旬、初めての外国人Mrジョシュ(アメリカ、22歳)は、うちにやってきた翌朝「帰らせてもらいます。ここはシビアすぎます」。そうだろうそうだろう。猛々しい夏草の林とやぶ蚊の群れ、クーラーは愚か網戸も蚊取り線香もない。暗闇に吹き抜ける風にゆらゆらと揺れる蚊帳の中、恐ろしいほどに澄んだ無数の虫たちの声が四方から迫ってくる……眠れるほうが不思議だ。それでも健気にも翌早朝起きだして草刈り、黒い粒のような虫の一団が目をふさぐように覆いかぶさってきて痒くて痒くて、東の空から突き刺さる日差しの重さ……山田の友人の松本さん宅に丸一日避難したりと、すったもんだの挙句だが意外に彼は気を取り直し、我が家の「日常生活の冒険」に再び挑戦、無事、予定の二週間の修練を終えることができた。
実はこれは例外といってもよく、ざっと八割はほとんど問題なく農(暮らし)をともにした。国籍も年齢も性別も関係なく。ノンは語学は苦にしないし外国人は皆「一応の世界共通語」としての英語を身につけていたし、日本語もできるところから使うべく努力していた。何よりこちらの話を、身振り手振りを交えた日本語であれ片言英語であれ、じっくりと聞く耳を、心を持っていた。
彼らのおかげで、農とは共に生きることそのものだと改めて実感することができた。それも一人一人が自立して、まるで植物のように一人一人が土に根付いて。大空の下、大地に風が流れている。広々とした空間があるのがいい。離れているのがいい。自分のリズムで、自分のやれることをやればいい。
彼らはまずは雑草園の状況を考慮してだが、自身でテーマを見つけた。800羽の鶏の草やり(草を集めるだけでも大変、もちろん雨の日も、毎日5か月)。畑の難敵キツネノボタンの根っこからの徹底的除去。泰山木を丸二日かけて掘り出し、移植。三日鋸を挽き続けて大木を倒す……。パリのパン職人一時休業中の彼は、しっかりと手でこねてガスオーブンでシンプルで深い味のこれぞパン、を焼いた。韓国の彼女の赤く辛うまの数々の料理で、毎食卓は意外性に富んだ豊かなものになった。周りにある材料で切り炬燵を作ったり。壁、天井、床を張ったり。捨てられていたガラクタで下水道の漏れをふさいだり……
お金が介在しないのが、利害関係がほとんどないのがいいのかも。国家や民族や家・世間や企業・組織等々を背負っていないのが、ただの一人の人間であるのがいいのかも。これといった目的もノルマもない。要するに皆が食べていければいい。四季の生命の流れが滞らなければいい。
農は共育(教育)でもある。 続く 2023年7月17日
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