冬の光

重松博昭
2017/12/18

 この秋も天気が酷、野菜作りが難しかった。何十年も野っぱらだった所を畑にして種をまいたので、大根、かぶ、彦島菜、カツオ菜、小松菜、チンゲン菜など、虫に食われず最初はうまくいった。だがその後は雨ばかりで日の光が足りず伸びがわるい。わずかだが葉が腐りはじめた。いっこうに大根の根が太らない。ほうれん草がまた芽が出ない、出ても大きくならない、そのうち消えてしまう。9月末から10月下旬まで何度も種をまいた。人参は人参であちこち葉の先を食われた。ウサギだろう。雑草園の三分の二ほど、畑と家の境はトタン、ノリ網等で囲っているし、ハッサンが夜も目を光らせている。鹿や猪やアナグマ、アライグマが入った気配はない。人参畑だけをさらに市販のビニール製網で囲った。その後は被害はないが寒さのせいか根が太らない。

 それでも11月に入るころにはほとんどの野菜が青々と清楚な葉を茂らせた。15日、急激に冷えた。晴れときどき灰色の空、昼前、裕美さんを迎えにハッサンと筑前大分駅に。30くらい、すらりと少し長身、目元が優しい。柔らかくはっきりとものを言う。都会を出て自給的暮らしがしたい。それも近い将来に。オーストラリアの農場で3か月ほどウーフをやったが毎日が新鮮で飽きるということがなかった。日本に帰ってきたくなかったとか。

 まずピーナッツ掘り、意外に豊作。次いで里芋を掘り、もみ殻の中に貯蔵。菊芋は収穫してそのまま土間に置いても寒にやられない。さらにジャガイモを予定している畑の肥料入れ、ようやく葉が伸び始めたほうれん草の草取りなどなど、彼女は山の気と一体となって一週間をすごした。

 その日は朝から雨しとしと、昼前に裕美さんを送って駅に。同時にMr.タナー(フランス系アメリカ人、Louisiana州から、22歳)を迎える予定。着いて車を出ると、ふっと目の前に現れた。まるでハリーポッターか何かの主人公の少年のよう。ぼさぼさの金髪、目がくりくりと大きい、背は日本人並み、声変わりしたばかりにような高音のしゃがれ声で流暢な日本語。

 ノンとはともかく私とはしっくりいかなかった。モルモン教徒、2年間日本で宣教師だったとか。たばこもコーヒー・茶類もアルコールも一切禁、肉は大好きのようで「やっぱり肉が食の中心でなくちゃ……」。野菜はあまり食べない。私が「バランスが大切、それに皆が肉を大量に食べれば、地球上の多くの人々が飢えてしまう」というと、沈黙。ノン「アメリカ産牛肉に高濃度のエストロゲンが含まれているそうよ。EUは輸入を禁止しているけど日本はそうではないのでホルモン系の癌の増加の原因になっているとか。ネットに出ていたよ」。彼「教会ではこれからは肉を食べるのをなるべく少なくしましょうと言っています」

 トランプのどうしようもなさをノンが嘆くと、「誠実に一日一日を生き、あとは神にゆだねるしかありません」。さらに銃のことを問うと、「アメリカにはアメリカの歴史と事情があります」。総じてややこしい話になるとだまってしまう。

 出された食事は皆きれいに食べてくれた。例外は納豆と生卵、白身が煮えていれば、つまり半熟ならいいと言うが、これってふつう卵かけっていいませんよね。仕事はまじめで着実、薪引き、畑の整備、雑木切り、卵取り……、風呂も焚いてくれた。

 彼の料理は興味深かった。郷土・母の味とか。まず[ジャンバラヤ]、小麦粉をフライパンで茶色になるまで空炒りするのがミソ、一方で鶏肉、ソーセージ、セロリ、パセリ、ピーマン、ローリエ、チリペパー、コンソメ、トマトピューレ、塩を入れ野菜がほとんど溶けるほどに煮込み、炒った小麦粉を加え色ととろみをつける。そこに炊いた白米を混ぜ込む。まあ一種の混ぜご飯だが、ずっと濃厚で、といってあぶらぎってはいない、後味がいい。次が[ガンボ]ほとんど同じだが、こちらにはノンの提案で彼女の作ったベーコンとうちの野菜、チンゲン菜に替えてもらった。混ぜご飯ではなく、かけて食べる。ハヤシライスに色も味も似ているが奥が深い。

 29日は雨・曇り、彼は一日ピーナツの皮むきをした。午後、外にいると大きなタナーの声が土間から聞こえてきた。何事かと入ると、仕事をしながら電話、アメリカの母親とのよう。また仲がいいのだこの家族は。何時間でも話す。この日は一時間を過ぎた。さすがに注意せざるを得ない。自由時間ならともかく。彼は素直にあやまった。

 最近、電話、特にスマホ・ケータイに関して首をかしげることがたびたびある。いくら文明が進んでも人間それ自体はほとんど変わっていない。基本的に人間は同時に二人を相手にできない。電話、スマホをしているということは、今、ここから離れてしまっていること、直に面している相手を遮断していることがわかっていない人があまりに多い。

 彼を送ったのが11月の終わり、気が付かないうちに急激に紅・黄葉がすすんでいた。それら「サンゴの木」の群れが霧の海に赤茶色の光をにじませていた。その頃には彼も少し自身の思いをもらすようになっていた。要するに相手とよけいな軋轢をおこしたくないのだ。やはりアメリカの現状には憂慮しているよう。日本にも。アメリカの一部マスコミが日本人は戦争をしたがっているとの報道に、「とんでもない、一部の政治家はそうかもしれませんが。できるだけ公正な情報を得るため、ぼくはイギリスのBBC放送を見ます」

 

 翌早朝、完璧に霧は晴れ、下界だけでなく雲一つない大空も青白く凍り付くようだった。雑木林に入ると、黒々と茂る常緑樹林を照らすように落葉樹たちが黄やオレンジ色の光を放っていた。

 数日後の早朝、さらに冷え、なにもかもが硬く凍った。この冬は葉が散るのも早い。林には真新しい落ち葉がさわさわと。残った紅・黄葉がかさかさと光の抜け殻のよう。

 世界は柿色から白い透明な光へ。雪は天の光のしずくか。

 冬は生命の浄化のとき、再生のときなのだ。終わりではなく、始まりなのだ。

 ちょっと早いようですが、よいお年を……

        2017年12月7日

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