風 青し2

重松博昭
2026/08/07

 5月4日(月)晴れ、ジェームスがいなくなって気が抜けたのだろう。足腰にどっと疲れ。ノンも心の風船が萎んだみたい。坂を登る身の重いのなんのって。でもこの雑草園の暮らしはオール坂を登ることなんです。これがかえっていいのかも。横になったり座り込んだりボーッと空を眺めていたりのほうが長いけど、それでも最低限の仕事をこなすために坂を登るうちに生きるリズムができてくる。数日、晴れが続いた。日に日に木々の緑は勢いを増し、一か月前は空っぽだった大空を覆い尽そうとしている。

 7日(木)晴れ、午前10時頃、Msアマイユール(29歳、スペイン・バスク地方)、軽のキャンピングカーで到着。この1月から北海道を皮切りに日本中を回り、すでに4月、一週間ほどうちで過ごした。長身で力強い動き、気さくであっけらかん、眼差しは知的だ。彼女の車に異様な音がするというので、近所のYさんに診てもらうとあっさり収まった。ボランティアで。卵を少し心ばかりのお礼に。午後3時過ぎ、上の小屋の土間で卵を包んでいると、ドドドとバイクが登ってくる太い低音、ひらりと草地に下りヘルメットから現れたのは黒髪の細面、ふっと空から舞い降りた鶴をおもう。表情も物言いも静か。トモさん(20過ぎ、北九州から)。気の合う二人の女性にノンは一気に元気を取り戻した。夕食は賑やかに4人と雄猫のトラ、もう老齢でずいぶん痩せた。後ろ足の付け根の傷がぱくりと開いてなかなか治らない。ほとんどノンにお任せして私はマッサージをするだけ。トラはじっと目を細めている。アマイユールはさすがスペイン女性、どぶろくの2、3合はどうってことないみたい。トモさんもおいしそうに飲んでいる。翌朝曇り、アマイユール、車はうちに置いて、嘉麻市営バスで韓国へ。トモさんは草取り・お茶摘み、植物・動物に大変興味があるようで観察眼が鋭い、手も早い。畑でミミズを見つけさっそく集めて鶏小屋に。「みんなミミズに突進、あっという間に呑み込んで、元気ですねえ」

 10日(日)晴れ、昼過ぎ、娘のノエが軽乗用車で帰ってきた。いつものように数日の帰省ではなく、雑草園に腰を据えて自身の食べるものを作りたい、土に汗したい、種をまきたい、緑の風に吹かれたい……必要と事情に応じてインターネットで仕事を続けながら。半農半在宅ワークというわけだ。

 12日曇り、朝食前、トモさんいつもの元気がない。スズメバチに刺された、手の指を、丸太小屋で。まだほとんど腫れていない。とりあえずアロエ液をぬる。直後のショックが一番怖い(急激に血圧が下がり死に至ることも)がそれは無事通り過ぎたみたい。しばらく安静にして様子を見ることに。すぐに丸太小屋に。スズメバチが横たわっていた。病気なのか生気がない。金挟みでつまんでもじっとしているので、草原に放した。普通、わがテリトリーに入ってきたらマムシとスズメバチだけは直ちに殺す。もちろん逃げられることもある。スズメバチに部屋の中や軒下などに巣を作られたら命がけの生活になる。ただしスズメバチは巣を守るため以外にはまず人を襲わない。生活に支障のない所だったら「触らぬ神に祟りなし」。幸いトモさんは昼前には元気に草取りを。

 翌夕、晴れ、アマイユール韓国から帰る。お土産に焼酎二本、一本はYさんに。その翌日、彼女は置き土産にスペインオムレツを作った。まずじゃが芋を油で揚げる、というより煮る、弱火で時間をかけて。卵十個を溶き、そのじゃが芋と炒めたミンチと玉ねぎを混ぜ、全部をフライパンに注ぎ、じっくりと焼く。どっしりと濃厚かつさっくりと爽やかなお味でした。

 19日(火)晴れ、鹿児島からマキさん来る。翌日、お隣の空き家を持ち主さんの許可を得て見る。彼女は自然養鶏(ゆったりとした農的暮らし)志望、以前うちでしばらく暮らし、主に養鶏の仕事を。その後、ノエと連絡を取り合っていたようだ。もし彼女がお隣に住めるなら、家計は別々で養鶏等を一緒にもしくは別々に、雑草園もしくは近くの農地を借りてやれないか。将来的には養鶏を継いでもらっても……結局、この話はなしになったが、私が思うに問題は家のことより何より養鶏の現状・将来性だった。

 鶏さんの食べ物がない。まず穀物、小米・くず米が手に入らなくなった。そもそも稲作農家が消滅しつつある。後継ぎがいない。現政府は何ら手を打たない。どころかさらに輸入(主にアメリカから)を進めている。食べ物、特に主食を他国に依存することは愚の極みだろう。通常農薬、タンカーで運ぶ際あるいは検疫での殺菌・殺虫剤等々、その安全面も危険満載だ。この輸入穀物に日本畜産は頼り切っている。養鶏も。輸入トウモロコシに。

 地域の精米所も消えつつあって米ぬかも手に入らない。農協の大精米工場はなぜか回してくれない。百円精米所は当てにならない。山田に3軒あった豆腐屋さんも近くの魚屋さんも、川崎町のパン屋さんも廃業。米ぬかとオカラをビニール袋に詰め嫌気性発酵させると、香ばしい匂いの発酵飼料ができる。これに魚のアラと耳パン、台所の残り、畑の余り物、山から集めてきた腐葉土、カキガラ等を混ぜる。あとは青菜を鶏小屋に山のように放り込めば、土の上で伸び伸びと暮らす鶏たちは健康に育ち、健康な卵を産んでくれる。おまけに小屋の中で何年もかけて蓄積され、発酵し、熟成された鶏糞は最高の肥料に。ハエも悪臭もない。この廃棄物を良質の食糧に再生させ、生命の循環を、大地の営みをより豊かにする本来の畜産が存続できなくなった。

 こうじ、味噌、醤油、食用油、茶、コンニャク、練り物…地域の製造・加工業者が軒並み消えていった。八百屋、食料品店、ガソリン、衣料、雑貨……本屋も薬局も病院も、スーパーもなくなってしまった。人間と人間、自然と人間との結びつきがきわめて脆弱になった。地域社会そのものが急速に衰退しつつある。土台に返るしかない。    

続く  2026年8月2日

 

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