24日曇り、午前中、広毅君(北九州から31歳)加わる。草取り、キュウリ定植の畑作り。長身、表情もしゃべり方もすっきりした印象、香港・シンガポールを拠点に事業を営む。農と食、生きる基本、社会の土台を頭ではなく身体で勉強し直したいとか。こんな世間でいうところのヤリ手タイプの若い人がねえ。やはり時代かな。世界(特に欧米・日本)が破滅へと猛進する一方、再生に向けて次の時代を土台から創ろうとする人々もあちこちで現れている。英語も達者、夜、丸太小屋でジェームスとどんな話をしたかな。ジェームスはジェームスでこの2年あまり、ヨーロッパ、アジア各地の土の上を歩き回っている。26日(日)曇り時々雨、二人で梅の木の下の草刈り、カボチャを植える予定の畑というより草原に肥料入れ。午後、広毅君、嘉麻市営バスで北九州へと帰っていった。
4月30日(木)雨、午前11時頃、国道322を田川方面から山田大橋交差点に入り、対向車3、4台が直進もしくは左折するのを待って嘉穂方面へと右折、何やら音、左前方にバイクが倒れていた。関係ないかと走りかけたが、いや待てよと後ろを見るとバイクと倒れた男性がこちらに向かって何か怒鳴っている。車を停め現場に向かう。「アンタなんばしようとね、直進車優先やろうもん」初めて気づいた。バイクが車の後ろから直進していたことに。とにかく謝った。不幸中の幸いか、接触はしていない。近くの交番へ急ぎ足で向かった。すぐにパトカー3台、現場検証がすんで12時前、かすり傷程度と言う男性に病院に行くようお願いして、男性はバイクに乗り嘉麻日赤病院へ。精密検査は彼が断わり、これといった治療なし。
とりあえずホッとしたが、つくづく車の怖さを思った。ある意味、銃器より怖い。まったく気が付かないうちに人を殺すこともある。自身の視力、注意力、集中力の衰えを痛感した。今までの50年余りの運転で、こんなミスはなかった。
生来の心の弱さを再認識した。事故を起こしたと気付いた時、このまま逃げ去りたいと思った。交番へと歩いていた時、何ともイヤーな気分になって何もかも放っぽりだしたくなった。それからの1、2週間も、保険会社さんにお任せするしかなく、こちらがくよくよと悩んでも仕方ないのに、ずっと胃の淵に重い鉛が沈んでいるような気分だった。
ジェームスがいてくれて本当に助かった。外の風が流れていると少しは気が軽くなる。ノンが何も聞かずいつもと変わらないのも。その日の夕食はチーズたっぷりのオムレツ、彼の作とあれば食べないわけにはいかない。というか、食い意地が張っている私はどんな状況でも食べるだけは食べる。こんな時ほど、ゆっくりと、噛みしめ噛みしめ。どぶろくを多めに飲み、早々に6時過ぎ、寝床に引っ込んだ。水上勉の「良寛」を拾い読みする。眠れてよかった。
翌早朝4時前、起き出す。まだ雨は落ちていない。とにかくこんな時は土の上を動くしかない。モモが付いてくる。すぐに彼女は懐中電灯の白い帯の外の漆黒に溶け込む。山の真ん中あたりの草原に立ち、東正面に黒々と浮き上がる山の峰を見ながら、静かに深く息を吐く、同時に身体を曲げ伸ばす、ふっと力を抜き吸う、吐きながら身体を戻す。一瞬でも空に止まること、意識をその奥に集中すること。わさわさと意識が動いている時は肝心なものを見ていない。
掘っ立て小屋の土間で火を焚き、湯を沸かし、茶を飲む。青白く明けて、鶏の食事。落葉樹の緑が点から面に。あちこちで茶の新芽が湧いている。とうとう70羽になった。それもベテランばかり。この夏、あるいは秋まで配達できるかどうか。四つん這いになって草取り、幼かったハコベ、オオイヌノフグリ、ギシギシ、カラスノエンドウ等々がいつの間にか畑を覆い尽そうとしている。土と草に埋もれていると、心身の濁り、淀みが少しは洗い流されるような気がする。まだ身体に力がある頃は、一心に唐鍬を振り下ろし土を起した。この一日をなんとか生きていけるよう。世間・建前社会との付き合い、人間関係のもつれ、利害・損得の軋轢等をなんとか凌いでいけるよう。心が空になるよう。
何だかこんな訳の分からないことばかりいって50年以上をこの山で過ごしてきたような気がする。自身の弱さを嫌というほど思い知らされたからこそ、この地にやって来たのかもしれない。大地に助けてもらおうと、鍛え直してもらおうと。今も、心の弱さはそのままだ。
この日の夕食もジェームスの「シェファードパイ」(アイルランド料理)、深めの耐熱皿に炒めたミンチ・玉ねぎを敷き、蒸してつぶしたジャガイモを乗せ、オーブンで焼く。初めてだがどこかホッとする懐かしい一品だった。
5月2日(土)晴れ、ジェームスは最後の仕上げに、まるで小人の国のピサの斜塔のように道路に倒れるようにして立つ枯れた巨木を鋸で挽く。鋸がいかにも小さく、いつまでたっても前に進まないよう、丸一日、最後はロープで引っ張り支えて三人がかりで倒した。
翌朝10時半、彼は雑草園を発った。
続く 2026年7月14日








