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風 青し3

重松博昭
2026/08/21

 私たちの土台とは、土だろう、大地だろう。いつの頃からだろう。私たちが生き物であることを忘れてしまったのは。1960年代から、取り分け90年代からか。新自由主義という名の超資本主義、カネ至上主義が世の中を根底から変えた。私たちの頭の中、心までも。

 より多くのカネをより効率よく集積する。経済戦争に勝ち続ける。そのために巨大科学技術の新「文明の利器」をとにかく次から次へと開発・生産・消費する。ありとあらゆるもの(もちろん情報もサービスも…「愛」も「死」も「永遠」も…)を商品化する。人々はどこまでも「快」「楽」「クリーン」を追い求め消費し続ける。カネこそすべて、そのためには命も惜しくない。他人の命、まして他の生物、地球環境のことなんて知ったこっちゃない。その極みが戦争(無制限の大量虐殺)とセットになった軍需(人殺し・地球殺し)産業だろう。これが「我らの時代」の「進歩」なのだ。

 私が今、強烈に思うのは、自由・自立だ。余りにも余計なモノ・情報が氾濫しすぎている。余りにもおせっかいで強力な圧力に満ち満ちている。ほっといてくれと言いたい。「進歩」しなくていい。「豊か」でなくていい。ただ私は生きたい。一個の人間、生き物として、生き、死にたい。

 6月後半から梅雨に入った。その前にじゃが芋の収穫、まあまあだった。ニンニクも。玉ねぎは病気で散々、ニンニクより小さい。キュウリ、カボチャ、オクラ、つる紫等、順調に育っている。ナス、ピーマンもなんとか。

 26日(金)も小雨が降っていた。トラ次郎、もう一日持つかどうか。昼食後、畳の部屋に行くと、布団の中から顔を出し、仰向きでじっと寝ている。空を見つめて。こんな姿を見るのは初めて。指先でそっと頭に触れる。目はまだ生きている。その夜10時、私が上の離れで眠っている間に、ノンとノエに看取られてトラは永眠した。雑草園のこの17年の歴史そのものの生涯だった。彼は雑草園、特に養鶏の守護神だった。同時に自給自足という「雑草園の心」をほぼ完璧に実践した。年間400匹は下らないだろう。彼に捕獲され生きた刺身として胃袋に葬られたネズミの数は。彼がいなければ穀物倉庫でもあった山小屋はネズミたちに占領されたかもしれない。

 7月5日(日)曇り、なんとも蒸し暑い。やはり、朝の6時前、豪雨、トタン屋根を叩きつける凄まじい雨音にこの世の終わりかと心が冷え切ってしまう。わずか1時間で山中が沢に。山小屋の土間に浸水しないよう鍬で溝を掘る。丸太小屋の軒下にも水が。床下のじゃが芋が危うい。どうにか下方の草地へと流れる水路を掘った。普段は流れの全くない南端のくぼ地が激しい水しぶきを上げる谷川になっている。50mほど東へ下ると高さ4、5メートルの崖をドドドーと滝になって落ちる。そのすぐ先がわが古屋敷だ。その手前の排水路はいつもは流れてもチョロチョロだが、今は50cmほどの深さに、あと2、30cmしか余裕がない。溢れれば濁流は古屋へと直行する。飛び込んで大きな石を土手にあげ、草木を除いた。流れは一気に南東の排水路へと飛び込んでいく。落ちてくる滝の勢いは衰えないが水位は少し下がった。急流は南東の排水路から大通りへ。通りは黄土色の川だ。幸い、昼前には小やみに。夕方には滝の音も静かになった。あと半日豪雨が続いたら……。

 7月8日(水)から一転してほとんど雨なしの猛暑。朝食のキュウリがシャキシャキとみずみずしい。つる紫、モロヘイヤの生気が甦るような青……13日(月)晴れ、日の出前、ミミズを探して山小屋の前の草地に置いていた古トタンをめくると、茶褐色に黒のまだらがとぐろを巻いていた。マムシにしては太い。黒々と精気がこもっている。逃げだしたくなる。一旦離れ、スコップ2つを手に重苦しい気分で戻る。まだそのままでいた。首めがけてスコップを突き刺した。全く動きが止まって、土の中に埋めた。仕方ない。こんなのが草むらにいると、おちおち草刈りもミミズ採りもできない。鶏たちのたんぱく源に2か月ほどミミズを採集し続けたが、そろそろ潮時のようだ。やはり猛暑だし土はカラカラだしで、枯草の下や表土の中に見かけなくなった。地中深くで夏眠でもしているのか。ミミズたちには申し訳ないが、おかげで老鶏たちは健闘、この暑さでもなんとか最小限の産卵はこれまで維持してきた。

 7月後半になっても雨の気配なくひたすら暑い。早朝の体力気力が少しでもあるうちに、元鶏小屋の土に近い完熟たい肥をスコップで袋に詰め、まずじゃが芋を収穫し草を刈った畑に厚く敷いていった。ここ数年、耕起しない。9月半ば過ぎ、大根、小松菜、カツオ菜等を蒔く予定。オクラ、ゴーヤ、モロヘイヤ等の乾ききった根元にも山盛り積んだ。山の腐葉土でキュウリ、ナス、ピーマンの畑を覆う。8月、晴れが永遠に続きそう…それでも夏野菜の大半は元気、カボチャが少し萎えている。多雨でも旱魃でも無耕起栽培が理に適っている。土の小宇宙を破壊しないし、土が流れないし固まらない。草や堆肥の蓄積で年々土は豊かになっていく。その地、その季節に合った様々の作物を輪作を守り作った方が収穫は安定する。規模が大きく単作(連作)になればなるほど不安定に、また化学肥料・除草剤・農薬の多投が不可欠になる。機械化が進めば進むほど膨大なエネルギーとカネが必要になる。一番簡単で無駄なく面白く地球のためになるのが家庭菜園だ。どんなプロの野菜よりおいしく安全な野菜を食べることができる。ついでに鶏を3、4羽飼うのもいい。産みたての卵かけご飯にもぎたてのキュウリ…良質の肥料も。餌は台所の残り・青草・米ぬか少し。

 8月12日(水)夕方、霧よりうすーい雨、でも思わず天に感謝の祈り。その翌夕、翌々夕と僅かだが一応雨、なんと木々や草々が濡れている。空は穏やかな青、かすかに秋の青……。   

完      2026年8月末

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